アルバトロスの塔

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頭が冷えるまで 時間つぶしの場をつなぐための会話だが、クララはその重さに驚いた。鬼はコウの国の島国に一族で固まって、他国には出ないと知ってはいたが、そんな事情とは思わなかったのだ。 「撫子は拾われた子だ。出自が明らかではないが、うちで家族のように育てる事になった」 「ふむ、義妹ポジすね」 「しかし俺には婚約者がいて、婚約者は撫子を疎むようになった」 「お、ハーレムすね」 「俺は鬼の一族の次期当主だったわけだが、それは婚約者との政略結婚をすること前提だ。なのに婚約者は言った。『結婚してほしくば撫子を殺せ』と。だから結婚を諦めた」 「ほう、ヤンデレで婚約破棄すね」 「しかしそれだけの力を持つ一族の婚約者を振って許されるはずがない。なので『これからの世界情勢を見据えるため魔王軍に入る』事にして、国外へ撫子を連れ逃げたんだ」 「なるほど、追放ものすね」 「……君と話していると自分の過去がペラペラなものに思えて来たな。いや、ありがたい事だが」 重い話に軽い合いの手。それに蘇芳は少しだけ気が楽になった。自分のややこしい経験など、第三者からみれば簡単に説明がついてすっきりする。 「撫子から見れば、俺は『自分のために次期当主の座を捨てて外国に一緒に逃げてくれた主人』なのだろう。別に、撫子が殺されなくても婚約は破棄していただろうが」 「ですねー。嫉妬で同性殺そうとする人は、なでチャンの件をなんとかしたってまた別の女子を殺すだけっす。そんな人が当主の嫁ってやべーすわ。下で働きたくねーすわ」 さすがサキュバスのクララは男と女について詳しい。蘇芳の婚約者は、簡単に言ってしまえばヤキモチ焼きなのだろう。しかし高貴な血故に大切に育てられたため、恋敵は殺さなくては納得しないし、それが叶うものだと思いこんでいる。 そんな彼女と一緒に領地をまともに治められるはずがなく、蘇芳は逃げることにした。なのに撫子はひたすら蘇芳を聖人のように扱っている。役立ちたいというのもその過去が大きい。 「しかしまたなんで魔王軍に? コネでもあったんすか?」 「ああ、魔王陛下と少しな。誘ってくれたのも陛下なんだ。魔王陛下相手なら婚約者も手出しできないようだし」 魔王軍と鬼族は不仲ではないが仲がいいわけでもない。その気になれば魔王軍は鬼族を滅ぼせるが、そんな必要がないだけだ。だから蘇芳の逃げ場所として魔王軍は最適だった。 「そろそろ行こう。考えが落ち着いてきた。俺だって、外国に出て不安はなかったとは言えない。撫子の存在にどれだけ励まされてきたか」 「それ、なでチャンにさっさと言っておけば良かったのにー」 まったくその通りだと蘇芳は思いながら歩き出した。しかし石畳の床が異常にすべりやすく、前へと転んだ。
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