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いつもの慣れたやりとりに、撫子はほっとした。言い間違いを指摘してくれるのはこれからも共にいてくれるということだ。
「そこの階段を上がれば最上階だ。行こう」
蘇芳は撫子の背を叩き立ち上がらせた。しかし一人忘れている者もいる。サンダルでぺったんペったんとした足音をさせてやってきたクララだ。蘇芳が脱ぎ捨てた羽織と草履を持ってきたらしい。
「ああおにーさん、あいつら帰っちゃったみたいっすけど、大丈夫すか?」
「あぁ、前髪を切っただけだ」
「首を切ってもらえばもう来ないだろうから助かるんすけどねー」
クララは他力本願だが、なぜ彼らを生きて帰したかと問いたい。蘇芳の腕なら一人で四人倒せるはずだ。この塔にとってあの四人は敵なのだから殺しておいてくれた方がもう来なくて安心できる。
「若い男が四人、ダンジョン攻略中に死亡すれば近隣の街では大騒ぎになるだろう。そして敵討ちとして討伐隊が結成されるかもしれない。そうしたらこのダンジョンはひとたまりもないだろう」
サキュバスしかいないダンジョンで、四人の男が四階まで攻略ができた。もしも何十人もの人間で攻略されれば、あっというまに制圧され奪われてしまう。
幸いあの勇者一行は欲が強い。髪が伸びればまた来るかもしれないが、分け前が減るため仲間を増やしたりはしないだろう。
「なに、あの勇者の前髪が伸びる頃にはこのダンジョンの守りは魔王により固められる。奪われる事だけはないさ」
「なるほど、見逃したのはそういうわけすかー」
そう言われればクララも撫子も納得した。トラップについては蘇芳の改善案があるし、これから他の魔物も派遣してくれる。魔王が新種の魔物を作ってくれる。次に勇者一行がこの塔に来るときには、もっと攻略難度が上がるはずだ。
その魔王に会いに行く。三人は最後の階段を登り、最上階にある、重厚な作りの扉を開いた。
「よく来たな、勇者達よ!」
扉をあけた途端に女のよく通る声が響いた。そこには椅子に優雅に座っている女しかいない。
女は金髪で短い髪、肌や体の曲線を豪快に見せるドレスを着ている。短い髪からよく見える耳からは耳飾りが揺れていた。顔立ちは体つきに比べれば幼いが、決して侮られないよう、威厳ある声と笑みを作っていた。
「私が魔王だ。こんなダンジョンにいるとは思わなかっただろう。攻略できず、残念だったな」
女、魔王は続ける。しかし蘇芳達はぽかんとしている。彼らは勇者ではない。しかし状況を察した蘇芳は、いち早く突っ込んだ。
「魔王陛下。勇者達なら帰ったぞ」
「えっ、蘇芳君? なんで? 人間の気配がしてたから魔王っぽくお迎えしたのに!」
魔王は素であろう娘っぽい声で聞き返す。どうやら気配だけで侵入者が来るものと思い込んでいたらしい。呆れたように蘇芳は答えた。
「大事にならないよう追い払った。また来るかもしれないが、その時にこのダンジョンは難関となっているだろう。魔王陛下が新種を創造していれば、だが」
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