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蘇芳はその仕様書を読み始めた。ゆるいイラストと説明がついてある。
「スライムか。あれは液体と魔力があれば作りやすくて増えやすくて低コストだが……」
新種とはスライムだった。低コストなそれは数が増えやすいが弱い。このダンジョンの守りの要となるような魔物ではなさそうだ。
しかしよく通る声で、自信満々な顔をしてブランはプレゼンする。
「最後までよく読んで。このスライムの特色は、『衣服を溶かす』ところだよ……!」
「は?」
「今この塔を守るのはサキュバスちゃん達。けどもし女の子パーティが来たら、簡単に攻略されちゃうよね?」
「……まぁそれはそうだな。サキュバスの色香が通用するのは基本男だし」
「だから対女の子用の魔物として服を溶かすスライム。こんなのに襲われちゃったらあら大変!清楚なローブもぎりぎりなビキニアーマーも溶けちゃう! そんなダンジョンに行きたくない〜ってね!」
「…………フレンドリーな魔王陛下でよかった。これなら容赦なくボツと言える」
テンション高いブラン。疲れ切った顔して蘇芳は仕様書を伏せた。これが味方にすら恐ろしい魔王ならばろくに反論もできず、愚かな案を通してしまうところだ。
「これはダメだ。そもそもスライムとは雑食だ。服だって食べれなくもないだろう」
「でも普通のスライムって皮膚も肉も骨も食べちゃうじゃない。時間はかかるけど。これは服だけをすばやく食べるの」
「だがそんなもの、侵入者が着替えを持ってきてはおしまいだ。そもそも女だてらにダンジョンを攻略しようというものが、いまさら肌を晒す事には恐れないだろう」
「それが違うんだよねぇ。魔王立研究所によると、下着姿の男性と、下着姿の女性がそれぞれ同じ試験を誰も見ていない個室で受けた場合、女性の方が成績が下がってしまうそうだよ」
「……それで?」
「つまり恥ずかしい格好してる女性は普段持ってる知性を発揮できない! スライムに服を溶かされた侵入者は判断力を無くす!」
力いっぱい語るブラン。はぁ、と深いため息をついて、蘇芳は改めてブランの黒のドレスを見た。胸元や背中は大きく空いているし、スリットは深い。
「陛下。もう少し厚着をしてから考え直そうか」
「この格好のせいで判断力なくしてるわけじゃないんだけど!」
おおらかなブランも怒った。このドレスは魔王っぽいから着ているだけで、好きで露出しているわけではないし恥ずかしい格好というわけではない。それはさすがに言い過ぎたかと蘇芳は反省してフォローに回った。
「いや、研究結果から考えるというのは悪くない。悪くないが、これは繁殖が難しいだろう。服しか食べないって、もし侵入者が来なかったらどうする。飢えてすぐ絶滅するだろう」
「古着を餌として用意させればいいよ」
「捨ててもいい服なんて普通そんなにないぞ。君のクローゼットじゃないだから」
富裕層なら着ない服もいっぱいあるだろうが、新種の生物の食料となるほどの量にはならない。
魔物を創造するのは魔王の仕事だが、その後その種が繁殖するかどうかは環境や特性次第だ。食料が手に入らなければ絶滅するし、天敵となる種が近くにいれば互いに減らし合うことになってしまう。魔物の創造とはそこまで考えなければならない。
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