アルバトロスの塔

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石造りの塔の最上階に魔王がいる。 その存在の姿が見えるわけではないが、蘇芳(すおう)は最上階を見上げた。表情の変化に乏しいと言われる東の果て出身の彼だが、その目には熱意がこもる。 この土地には珍しい袴と羽織姿を正し、腰にある太刀の柄に手を触れる。自分の体温、そして柄のひやりとした温度でひときわ冷静となった。これから重要な任務が控えている。 「若様、そろそろ出発なさいますか?」 「撫子(なでしこ)、若様はやめろ」 蘇芳の背後に影のように現れたのは撫子という少女だ。まだ幼い身体を黒の動きやすい忍装束を身にまとい、柔らかな黒髪は右の高い位置で結われている。大きな釣り目と合わせて子供っぽいが、内面や表情は大人びていた。 生まれた時から蘇芳の家に仕えている彼女は、今も昔の癖が抜けないらしい。 東のコウから本来の立場を捨て、遠く西のアルシエルというこの国まで来たとしても、彼らの主従は続いていた。 「この建物は壇上、でしたか。事前の下調べは足りませんが」 「ダンジョンだ。急な任務のため情報不足はいなめないが、慎重に行けばいい」 「……私はカタカナ言葉は苦手です」 石造りの塔はダンジョンと分類されるものだ。しかしそのダンジョンを、未だに撫子はうまく発音できなかった。文法や動詞など基本的な言葉は彼らの故郷もアルシエルもあまり変わりがないのだが、名詞など一部の言葉は微妙に違う。 「そもそも俺たちの故郷ではダンジョンとはいわないからな。城や遺跡や墓所、寺や神社と呼ばれていただろう」 「幅ぁすっぽんというやつですね」 「……パワースポットな。とにかくこの国ではパワースポットがダンジョンと呼ばれる」 真面目な顔して間違える撫子に蘇芳は笑ってしまいそうになるが、そうすれば彼女はむくれるだろう。蘇芳はなんとか真面目な顔を維持して訂正と説明をした。 「パワースポットは龍脈とでも言えば撫子にはわかりやすいだろう。魔力霊力など、力のある場所の事だ」 「なるほど、龍脈」 「龍脈は昔から強弱はあれど位置はあまり変わらないものだ。そこに拠点を構えたのが大昔の人だ。これはコウもアルシエルも変わりない」 「ですね。龍脈で敵を待ち受けるようにして戦えば、とても有利になります」 思わず昔のように、蘇芳は撫子に教えてしまう。蘇芳は十九、撫子は十四。五歳差もあれば、蘇芳は年下にわかりやすく教える事に慣れてしまった。
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