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泰方家には仕え始める時に口酸っぱく言われることがある。
離れに行ってはいけない。
あそこには人妖の区別なく喰らってしまう、恐ろしい怪物がいるから。
姿形は人間と変わらない、むしろとても美しいのだが、魅了されるとあっという間に餌食になってしまうよ……。
泰方家の敷地は広大で、離れは本邸から歩いて10分以上かかる。
離れの屋敷との間には鬱蒼と草木が生えていて、建物自体も見えない。
だからどこか遠い場所の物語のように聞こえていて、その話をされる度に「はーい気を付けまーす」くらいの気持ちでいたのだ。そして少し忘れていた。
その日は仕事が早く終わり、同じく小間遣いをしている鬼達と共に隠れ鬼をしていた。
鬼がする鬼ごっこは本気だ。
無力とはいえ人間以上の身体能力はある。
そこに“隠れ”などという要素も加わわれば、もう誰にも止められない。
広大な敷地であることを良いことに俺は完全に調子に乗っていた。
屋根から屋根へ、木々から木々へ。
跳ぶ、跳ぶ、跳ぶ。
風まで味方してくれている気になって、ひゃっほーうと奇声を上げた。
浅はかだった。ただ無力なだけなら良いものの、俺は無力で馬鹿だった。救えない。
足元が急に吹っ飛んだ。着地の勢いに負けて、枝がへし折れたのだろう。
何とか跳んで次の枝に足を着いたものの、体勢が整っていなかった。
俺はつんのめって、顔面から地面に落っこちた。
どごっという鈍い音が聞こえた。
「あ……あっ……」
自然と上がる呻き声。
痛い。涙出てきた。
と、どこかから風鈴の音のような冷涼な声がした。
「貴方、大丈夫?」
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