プロローグ 1

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女の子は何も言わずに手を伸ばしてきた。 冷たい。冷たくて柔らかい、山の湧水のような手だ。 それが傷口に触れると、何かが弾けた。こぽこぽと、音が聞こえた気がした。 「はい」 手を離して、女の子がにっこり笑った。 笑うともっと綺麗だった。夕暮れの彼岸花みたいに淋し気で。 ぽおっとしていると、女の子は再び手鏡を見せてくれた。 手鏡の中の俺はーー傷などどこにも無かった。 ぼさぼさの頭はそのままで、元の冴えない地味な顔が俺を見返していた。そういえば痛くない。 どうして、なにが、一体なにを。 唖然として女の子を見ると、女の子はくすくす笑った。 「秘密ね」 しぃ、と唇に人差し指を当てられて、俺は夢中で頷いた。 こんな綺麗な子に言われて首を振れるか。男なら無理。少なくとも俺は無理。 「貴方おもしろい人ね」 そうかな。そんなこと、言われたことないけど。 照れて頭を掻いていると、女の子に下から覗き込まれた。 「ねぇ、良かったらなんだけど。またここへ来て、私の話し相手になってくれないかな」 え。え!?俺が!?俺で良いのか!? 突然舞い込んできた春の気配に絶句していると、女の子は不安そうに袴を握り締めた。 「だめ、かな」 俺は夢中で首を横に振った。 こんな綺麗な子に話し相手になってくれと頼まれて、拒否できる奴がいるだろうか。男なら無理。少なくとも俺は無理。 「明日また来ます!」 背筋を伸ばして軍人宜しく宣言すると、女の子はころころ笑った。 「ありがとう。待ってるね」 そこからはよく覚えていない。 ふらふらと歩いて暫くすると、本邸の庭に出た。 隠れ鬼はとっくに終わっていたらしく、仲間達は縁側ですいかを食べていた。俺が木々の中から現れて、ようやくまだ見つけていない奴がいることに気づいたみたいだ。 「いやな、すいかがあまりに旨そうで」 「食うか?半分残ってるぞ……」
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