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女の子は何も言わずに手を伸ばしてきた。
冷たい。冷たくて柔らかい、山の湧水のような手だ。
それが傷口に触れると、何かが弾けた。こぽこぽと、音が聞こえた気がした。
「はい」
手を離して、女の子がにっこり笑った。
笑うともっと綺麗だった。夕暮れの彼岸花みたいに淋し気で。
ぽおっとしていると、女の子は再び手鏡を見せてくれた。
手鏡の中の俺はーー傷などどこにも無かった。
ぼさぼさの頭はそのままで、元の冴えない地味な顔が俺を見返していた。そういえば痛くない。
どうして、なにが、一体なにを。
唖然として女の子を見ると、女の子はくすくす笑った。
「秘密ね」
しぃ、と唇に人差し指を当てられて、俺は夢中で頷いた。
こんな綺麗な子に言われて首を振れるか。男なら無理。少なくとも俺は無理。
「貴方おもしろい人ね」
そうかな。そんなこと、言われたことないけど。
照れて頭を掻いていると、女の子に下から覗き込まれた。
「ねぇ、良かったらなんだけど。またここへ来て、私の話し相手になってくれないかな」
え。え!?俺が!?俺で良いのか!?
突然舞い込んできた春の気配に絶句していると、女の子は不安そうに袴を握り締めた。
「だめ、かな」
俺は夢中で首を横に振った。
こんな綺麗な子に話し相手になってくれと頼まれて、拒否できる奴がいるだろうか。男なら無理。少なくとも俺は無理。
「明日また来ます!」
背筋を伸ばして軍人宜しく宣言すると、女の子はころころ笑った。
「ありがとう。待ってるね」
そこからはよく覚えていない。
ふらふらと歩いて暫くすると、本邸の庭に出た。
隠れ鬼はとっくに終わっていたらしく、仲間達は縁側ですいかを食べていた。俺が木々の中から現れて、ようやくまだ見つけていない奴がいることに気づいたみたいだ。
「いやな、すいかがあまりに旨そうで」
「食うか?半分残ってるぞ……」
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