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いつもの光景、いつもの我が家。
「疲れているのなら、あんたもとっとと寝ちまいな」
ほら灯りを消すよ、と追い立てられて俺は素直に布団に入った。
照明が消えると、部屋の中はたちまち夜の闇が侵食した。
遠くから透き通るような虫の鳴き声がする。
父はまたいびきをかいている。時々息が止まるから、その度に少しどきりとした。
こんな夜も、あの怪物はひとりきりで離れにいるのかな。
「母様」
「なんだい」
「……やっぱり何でもない」
「お前、本当に大丈夫かい?」
のっそりと暗闇が動く。母が上体を起こして、こちらを見ている。
俺は笑って2.3回頷いた。
「大丈夫。おやすみなさい」
「おやすみ」
温かい家族。
少し頼りない父と、気が強いけど優しい母。
この人たちのことを思えば、悪いことなどせずひたすら地味に、平和に暮らしていくべきなのだ。
でも。
淋しくて綺麗だなんて、女の子に対して初めて思ったから。
ごめん、父様、母様。
布団を口元まで上げた。
俺、放っておけないや。
翌日。
昼過ぎ、仕事に一段落着いた俺は、本邸を横切って離れへと向かった。
鬱蒼と茂る草木を見渡しながら、そういえばこの家の庭はどこも綺麗に整備されているのに、ここだけ雑多だな、と気づいた。
離れを隠すためにわざとそうしているのかもしれない。
蝉の大合唱に耳を破壊されながら、木々を抜ける。
離れは今日も夏の喧騒からはぐれて、独りぼっちで佇んでいた。
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