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ーー荷物をまとめ玄関に向かう際、僕は棚の上の花瓶に目を向けた。
二本の黄色い曼珠沙華。
「答えは、最初からすぐ傍にあったんだよなあ」
「そうよ」
独り言のつもりだったが、隣にいた綾女真奈には聞こえていたらしい。
「もっと早く気づいてもらえると思ってたんだけど」
「難解すぎるよ」
「ゲームチャットのオフ会らしかったでしょう?」
綾女真奈はそう言って、くすくすと笑った。
「カエデさん、置いていきますよ!」
観音開きの扉の先、雑然としていて、庭園と呼ぶにはずいぶん頼りない広場から、フジが叫んだ。みんな、僕が来るのを待っていた。
「じゃあ、僕も行くよ」
「気をつけてね。家に着くまでが遠足なんだから」
「またアヤメ――」はっ、となり言い直す。「結奈みたいなことを」
「そうそう。それでよろしい」綾女真奈は嬉しそうに頷いた。「今後、アヤメは禁止」
「わかってるよ」
僕は靴を履いて玄関を出る。
「じゃあ、また」
「またね」
ふと、視界の隅で花瓶の曼珠沙華が首を振ったように見えた。違うよ。そうじゃない。そんなことを言われた気がした。
あのとき、永遠に訪れなかった「またね」――
「また会いに来るよ」僕は苦笑する。「今度は、必ず」
「ええ。約束よ」
そう誓い合ったあと、僕は足早に五人のもとへ向かう。
明日からはまたいつも通りの日々が戻ってくる。溜まりに溜まった仕事を片づけなければならないので、また時間に追われる毎日だ。そんな忙しい時期に無理言って有給をもらったのだから、上司の小言も覚悟しなければならない。正直、うんざりする。
それでも。雲一つない晴れ渡った空を眺めながら、僕は思う。
――それでも、きっと、なんとかなってしまうんだろうなあ。
綾女真奈は、僕達が見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた。
黄色の曼珠沙華の花言葉は、「深い思いやり」、「元気な心」、「陽気」。
それから――
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