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酔い潰れて朝までぐっすり眠っていた彼は、その間ユリに介抱された事実をまだ知らない。知らされることも、たぶんないのだと思う。
「あのあと、どうやって自分の部屋に戻ったのかもわからないんです。気がついたら朝になってて。どなたか、その件について何か知りませんか?」
昨晩ラウンジに戻るなり、「危なっかしくて、放っておけないんですよね。なんだか、弟ができたみたいで」と言ったユリは、困ったように笑っていた。「不思議ですよね。フジさん、年上のはずなのに」
それを見ていたユズが「これは恋よ」と言い、「そうね。絶対に恋だわ」と綾女真奈が応えた。ユリは全力で否定したが、二人は信じなかった。そんな話をしたらフジは卒倒してしまうかもしれないからと、その出来事は僕達の中だけに留めておくことにした。
「さあ」僕はとぼけた。「一人で戻って、朝まで寝てた。それだけじゃないかな」
「誰かに担いで運ばれた気がするんですけど」うーん、とフジは唸る。「それに、寝てる俺の傍に、ずっと誰かがいたような」
「気のせいですよ」とユリは言った。「全部、気のせいです」
「そうなのかなあ」
腑に落ちない様子のフジに、「夢でも見てたんじゃないですか?」と素っ気なく言うユリ。僕達は笑いを堪えるのに必死だった。
しばらく考え込んでいたフジだが、やがて「飲み過ぎたなあ」とぼやいた。
「二日酔い?」
「いや、そういうことじゃなくて」こめかみを押さえて、言う。「もっと皆さんと一緒に遊びたかったです」
「まだ飲み足りないの?」
ユズが挑戦的な目を向けると、フジは大きく首を振る。
「もうお前との飲み比べは懲り懲りだよ。つか、昨日あれだけ飲んだんだ、当分酒はいらねえ。……俺はただ、これで終わりなんてちょっと寂しいなって」
「らしくないわね。どうしたのよ、やっぱり二日酔いじゃない?」
「うるせえ、違えよ」
フジはぐっとコーヒーを飲み干すと、僕達の顔を一瞥した。
「いくら俺らがネットで知り合った仲とはいえ、こんなに楽しい時間を過ごせたのに、これで『はいさよなら、お元気で』は、あまりにも味気ないじゃないですか。もちろん、皆さんさえ良ければなんですけど……たまにでいいから、またこのメンバーで集まれないかなって思ったんです」
深刻な顔をして呟くフジに、僕達は各々目を見合わせたあと、笑った。
「なんで笑うんですか」フジは戸惑っていた。「ここは笑うところじゃないでしょ」
綾女真奈が言う。「当たり前じゃない」
「えっ?」
「そうよね?」
「はい」ユリは頷いた。「大賛成です」
「もちろん」と、ユズが言う。「私も楽しかったし」
「仕方ないわねえ」オダマキは悪態をつきながら、満更でもない顔だった。「ただし、今度は芝居抜きでお願いね」
リンドウも答えこそ返さなかったが、同じ気持ちだったのだろう。カップで隠されて今は見えないが、直前の口元は確かに綻んでいた。
僕は言った。「満場一致だね」
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