4.月がきれいですねとあなたは言わない

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 後日、わたしは失った機会を取り戻すことにした。  あさましい想いからではなくて、本当にそろそろご飯を作りに行くタイミングかなと思ったからで、それならばと。  黎は日勤とはいえ、昼も夜もない仕事だから躊躇われて、普段電話をかけることはない。 『どうした?』  黎はやや慌てた様子で電話に出た。 「いや、ごめん。なんでもないんだけど」 『あー、そうなの? なんかあったかと思った』 「ごめんごめん。今ちょっと時間いける?」 『おう、いけるぞ』 「この前、ごはんおごるって言ってくれたののやり直し、どうかなって」 『おごるとは言ってないな』  確かに言ってないけど。 『けどまあ、いつもメシ世話になってるし、俺がごちそうすんのが筋だな。けどいいのか?』 「何が」 『デートはどうなったんだ』 「どうもなってないけど」  黎は明日なら時間が取れると言うので、翌日、いつもとは違う繁華街の駅で約束をした。  待ち合わせの時間に遅れることなくやってきた黎は、非番だったらしい。  お店を予約してくれていたのでわたしは少し驚いた。  そういうことができる男だったのかと。  一品一品が安めの、小汚いともオシャレともつかない上海料理のお店だった。   飾り気のない小皿に、お料理が少しずつ載って、それがいくつも運ばれてくる。小籠包が二つ。餃子も二つ。手羽先も上海ガニも角煮も全部二つずつ。 「デートはどうなった?」 「だからどうもなってないって」 「どうもなってないのかよ」 「でも、どうかなるかもしれない予感はある」  何度も言うけど、別にこの発言は駆け引きでも当てつけでもなんでもない。  ただの現状報告だ。 「そうか」 「あれだよ。さっちたちの結婚式で会った人」  会話が変に進まなくなってしまったので、Kさんについて言わなくてもいいことを二、三、言う羽目になった。 「タカシの同僚だって。二次会で話して」「Y大学なんだって」「実家は関西の方らしい」 「わたしは黎と違って絶対結婚したくないわけじゃないから。ご縁がないだけで、出会いがあればいくらでも考えるし」  なんでだろう。わたしは無駄におしゃべりになっていた。 「でもそうなるとさすがに黎にゴハン作りに行ったりはできないね」 「そりゃそうだろ」  黎との接点はあくまでも家ごはんであり、外食する機会もデートらしいこともない。  待ち合わせて飲みに行ったりすることもなくて、水族館とか映画とか桜がきれいだねとか、そういうかんたんな目的を持って出かけることもないに等しい。  もちろん、星も月も見たことはない。  一度だけ、黎の部屋から花火を見たくらい。それも偶然、たまたま、その夜に窓の先に見えただけ。  わたしの趣味がガラス彫刻であることも行きつけのバーがあることも、きっと黎は知らない。
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