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黎の部屋は悲鳴を上げるほど汚くはないが、きれいに片付いているわけでもない。
キッチンのシンクには、コンビニ弁当、インスタントラーメンのゴミが何食分も溜まっていた。
いつものことだから、特別文句も言わずにその片付けからとりかかる。
いちいち口うるさく注意していたのは二十代後半まで。
彼女はいないな、とかその種の安心材料だったのもその頃まで。
ずっと独り身なのは、いちいち尋ねなくても知ってる。
今は純粋な心配の方が勝る。
仕事が忙しくそれどころじゃないのだろうとか、そんな暇があったら眠りたいだろうとか、そもそも家に週に何度くらい帰ってきているのかとか。
黎は相変わらずくたびれた部屋着に着替えて、すでに脱ぎ散らかしてあった衣類を洗濯をし始めた。
「うまー!」
わたしの作ったかんたんなごはんをがつがつとかき込みながら言った。
「手作り! あったかい! 最高! 炊き立ての飯とかいつぶりだー」
「普段も少しくらい自炊したら? 今の課、時間ないわけじゃないでしょ。身体によくないよ」
「わかってはいるんだけどなー、なかなか。やる気がでねえ」
一人暮らしをするとき、わたしはあえて黎のマンションの近くには住まなかった。
しかし、遠いわけではない。
仕事は定時で終わる。
だから、頻繁にここへ来て食事を作ることはできる。掃除や洗濯も。
でも、黎はもっと来てほしいとは言わないから、私も来ないし、言わないことにしている。
おそらく頼む道理がないと思っているのだ。
彼女でもないただの幼馴染みのわたしに。
なんの責任も取れないから、わたしの時間を無駄にさせられないと思っているのだ。
ホントに、黎はまじめだ。
「ねえ、黎。今度のさっちとタカシの結婚式、来ていく服あるの?」
「あるよ?」
「今日のスーツ、超ヨレヨレだったよ」
「仕事着だよ」
「シャツにアイロンとか……」
「アイロンなくても死なない」
「ま、そりゃそうだけど……。美容院は行きなよね」
「あー、確かに。こんな髪で行ったら、またかーちゃんうるせーしな」
「結婚式の日、実家帰るの?」
「そのつもりにしてるけど。まあ、仕事次第だな。お前は?」
「まだ決めてない。でも帰るなら前日かなって思ってたけど」
「ふーん」
「別に帰んなくてもいいから、なんなら式の前にここに寄って、服装チェックしてあげるよ」
「あのなー、俺だってちゃんとした社会人なんだよ。ちゃんとする時はちゃんとできる」
「ホントー? 儀礼服だっけ? それじゃないよ?」
「ったりめーじゃん。わかってるよ。俺のこと気にするより、お前こそ時間かかんだろーが。髪の毛とかさ、行かなきゃなんないんだろ?」
わたしは自分のお箸を置いて、思わず遠い目になった。
「……黎はモテるだろうねー。気遣いのできる男。モテるわ」
「なんだよいきなり。ま、そこそこはな」
黎は嘘をつかないから、きっとそこそこモテるんだろう。
まるで警察官に向かないような色も白い、優男で、そういえばまだ交番勤務だったとき、近くの女子高に黎のファンクラブができてたっけ。
黎は明るくお調子者で軽さがあるのに、けっこう正義にアツく、マジメだ。
中高は男子とばかりつるんでたけど、大学では彼女のいた時期が何度かあった。
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