5.絶望が絶望でなくなるとき

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 日はすっかり短くなった。  しばらくの時間、病室の外から聞こえる看護師さんの声と、どこからともなく響く電子音だけに包まれる。 「さて、帰ろ」  わたしは腰を上げる。 「え、もう帰んの?」 「お見合いした人、またお見舞いに来てくださって、わたしと鉢合わせしたら困るでしょ」 「困らねーよ」  黎は言ってから続けて、 「いや、もう来ないんじゃね? 向こうも仕事忙しい人らしいし」 「そうなの」 「また差し入れ頼むわー」 「太るよ。普段より動かないんだから、カロリー計算された病院食でおさめとかないと」 「筋トレがんばる」  たしかに枕元にはダンベルがゴロゴロしていた。 「まあ、また来るよ。……黎、何も言ってくれないから、わたしが知らない間に勝手に死んじゃってるかもしれないって今回のことでわかったから」 「だって、わざわざ言うのもさー。お前に心配かけんの悪いし」  帰り道、ナースステーションの前で、気になる女の人とすれ違った。別に、何でもないただの若いきれいな女性。  どの部屋の誰へのお見舞いなのか確かめなかったけれど、女の勘はそうそうはずれない。  「……慈愛」  廊下に飾られていた素人の油絵のタイトルが、ふと目についた。
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