6.もがき、足掻き、掴む、砂漠の中の一粒の砂

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6.もがき、足掻き、掴む、砂漠の中の一粒の砂

 黎は、改めてお見合いは断ったと言った。  その後、わたしは毎日のようにお見舞いに行ったが、一度すれ違ったかもしれないそのお相手を二度と見かけることはなかったから、本当にお断りしたのだろう。  出世にしても成人男性としても、みすみすチャンスを逃すとは、本当に結婚する気がないらしい。  変なところで融通のきかない正義感はもう立派な短所だ。「実は真面目」って長所だと思ってたけど。  ギプスの取れた黎はすっかり元通りの生活ができるようになってはいたけれど、入院から松葉杖生活の間にさんざんお世話を焼いて立派な尽くす女になっていたので、その延長を装って押しかけ女房と化すことにした。 『今夜行くね』 『おけ。けど今日遅くなるかも』 『了解。ごはん作っとく』  黎の家の合い鍵は、所定の位置がポストからわたしのキーケースの中になった。  駅で待ち合わせなんかしなくても、勝手に家に上がって、黎の帰宅を待ちながら家事をしたり、テレビを見たり、わたし用のシャンプーと歯ブラシがしまわれずに置かれたり。  黎のベッドは今、たぶんわたしのにおいがする。男女の触れ合いはないから寝るのは別々だけど、泊まるとき、黎はわたしにベッドを使わせてくれるから。  そういった今までタブー視されていたことが何の違和感もなく、自然な流れとして受け入れられるまでに、黎の入院以降のわたし達の距離感は変化していた。  黎もそれらのアンタッチャブルにどんどん踏み込み、侵すわたしの言動を受け入れているようにうかがえた。  ケガをして弱気になったとか、お一人様人生に不安を覚えるようになったとかなら、まさに怪我の功名だ。そして、そのタイミングにまんまと付け込んだわたし。
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