6.もがき、足掻き、掴む、砂漠の中の一粒の砂

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 ある夜。  予定も事件もアクシデントも、特別なことはなにもない夜だった。  晩御飯のメニューも、食事のときの話題も、わたしの服装も、いつもと何ら変わらない、あえて言うなら今夜はいつもより少し冷えるねくらいの。  その時流れていたテレビだって、幼馴染モノの恋愛ドラマとか警察二十四時とかならともかく、なんのきっかけにもならないような旅番組。 「なぁ」  黎が口を開いたのは、三度目の失敗をしないために明らかに控えられているビールを飲み干したタイミングだった。 「タカシの同僚、どうなった」    わざわざ報告してなかったけど、今の生活から考えて他の男性となど会っていないことは一目瞭然のはず。 「どうもなってないよ」 「カレシはできたか?」 「カレシがいて他のひとの家でごはん作ってるって、どんな悪女よ」  そのあたりから、今日の黎には、なにか決意らしきものがあるのがわかった。また婦警さんとそんな話にでもなったのだろうか。 「お前、もううち来んな」 「どうしたの急に。なんで?」  そう尋ねた声は震えないように気をつけたけど、実際には全く隠せずに震えていた。  何が黎にそう言わせているのか考えたが、少なくともここ数時間の出来事に原因は思い当たらない。
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