1.ゆるやかな絶望しかない未来

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「それにしても、さっちとタカシがね-」 「人生何が起こるかわからんもんだよな」  来月、結婚するのは地元中学校の同級生同士なのだが、二人はずっと昔からつきあっていたわけではなく、なにかのきっかけで再会して、結婚するにまで至ったらしい。  さっち曰く『もう次がないタイミングだから妥協婚』だそうだ。  確かに、私たちはそんな年齢。  黎が口にあるものをゴクリと音を立てすべて飲み込んだ。 「おまえ、いくつんなった?」 「そう言うおまえはいくつだよ?」  ため息を一つついてから、同じ文句で聞き返すと、「えーと、34か?」と黎は三十四にもなって相変わらず柔らかそうな髪を掻きながら言った。 「じゃあ私も今年34だね。同級生だから」  どれだけ興味ないのよ、と嫌味っぽく言えば、すまん、と肩を竦める。 「おまえ、結婚は?」 「予定ないねー」 「男はいないんだっけ?」 「うん」 「女の人は出産とかもあるじゃん? だからするならそろそろ考えないとダメなんじゃねーの? そりゃ、一生しないつもりならいいけどさ」 「詳しいね」 「あー? ちょうど今日婦警さんがそういうの言っててさ」 「ふーん」 「今度の結婚式でやけぼっくいもあるかもな。せいぜいがんばれよ」  中学校の同級生でやけぼっくいに火がつくとすれば黎だけなのだけれど。  微妙な年齢、微妙な関係、微妙な話題。  たとえば、さっちとタカシみたいにとか、あまりもの同士くっついとく?とか、貰い手ないなら俺のとこ来いよとか、やきもちも、駆け引きも、期待も希望もわたしたちの間にはまったくない。 「黎こそやっぱり結婚はしないの?」 「そうだなー」 「心境の変化はないんだ」 「なんだかんだ、仕事好きだしなー」  黎は七年前に犯人を捕獲するときに刺されて死にかかったことがある。  その時、共に瀕死の重傷を負った先輩がいて、病床で泣き崩れる先輩の奥さんの姿を見て、自分は結婚しないと決めたらしい。  それは決意としてわたしに語っただけなのか、通達と受け取るには、当時、まだわたし達の関係には具体性が足りてなかった。  わたしと黎は二度、寝たことがある。  高校生のときと社会人になってから。二度目はお酒が入っていたから黎には事故といえるのかもしれない。  その話題に関してだけは、わたし達は薄氷の上に成り立っていて、さらには、わたしが百対ゼロで黎に優位に立てるところだ。  たとえば、それをネタに結婚してと迫れば黎にうなずかせることができるくらいには。  目覚めたとき、告白ではなく、土下座された。  わたしだって別に男性経験は黎だけじゃないから別に気にしていないのに。  そして、マジメな黎にしては、だから付き合おうとはならなかった。  タイミングが悪かったのだと思う。  黎が死にかけた後、黎が決意した後のことだったから。  愛してる男はいるけど愛してくれる男はいない。  初恋の人を思い続けていられるほど余裕もないけど、新しい人を探さねばならないほど切羽詰まっているわけでもなく。  三十路を過ぎて結婚における売り手市場も終わり、容姿の衰えは著しく、腰掛けのような仕事内容はキャリアアップとかそういうものは望めない。  世間体も気にしないで、子供もいらないなら、別にまだたっぷり時間はある。  しかし、どれだけ時間はあれどこの先に進展、発展ののぞめそうなコンテンツはだんだんと減っていく。何事も右肩下がりだ。    とりわけ幸せでも、とりわけ不幸でもない。  今あるものに不満はないけど、今ないものもやっぱり欲しい。  初恋の、結婚願望のない男をこのまま引きずり続ける予定で。  漠然と、自分の延長線上にあるものはゆるやかな絶望だった。
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