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じめじめとした雨の匂いのする朝だった。一本の電話が慌ただしく鳴った。
「もしもーー」
「助けてください! あいつのあいつの臭いが!! うるぼぉわぉぇーー」
それきり電話は切られてしまった。意を決してかけ直してもみたが無機質なコール音が繰り返されるのみ。
発信履歴に名前は表示されていないが、電話の主がSさんだということはすぐに予想がついた。「臭い」と聞いて直近で思い当たるのは彼女しかいなかったし、鼻にかかったような声が電話の声と似ていた。それに電話の直後からなんとも言えない不快な臭いーー汗のような口臭のようなはたまた加齢臭のようなーーが、漂っていた。事態が急変して、以前会ったときに渡しておいた名刺に掛けてきたのだろう。
さて、どうしたものか。助けてと言われても助けられるような能力を持ち合わせているわけではない。と、考えるまでもなかった。
トントンと窓を叩く音がする。だが、ここは4階。窓を叩ける者など存在しない。電話がかかってきた時点でもう巻き込まれてしまったらしい。
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