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彼女、Sさんは市内の大学に通う大学2年生だった。家庭教師のバイトをしているらしく、表向きはおしゃべり好きな快活な性格で、話はいろんな方向へ飛んだ。聞き終わるのに3時間ほどかかってしまったが、主な訴えは一週間ほど前から変な匂いがする、それも決まって夜寝る前に、ということだった。
匂いというものは厄介なもので、見た目には全く異なるものからも同じような匂いが発せられたり、人によって程度が変わるものだが、彼女はそれを「おじさん」のような匂いだと言った。それも、匂うというよりも臭う、つまり悪臭がするのだと。
『心当たりは何か?』
『どこかで嗅いだことはあるんです。だけど……』
「思い出せない」ということで、その日の話は終わった。それから数日。電話先では「あいつが」と言っていたから何か臭いを特定できたのかもしれない。
「205号室」
訪ねることがあるかもしれない、と住所は教えてもらっていた。
「ここか」
ドアノブは回り、ドアが開く。急いでハンカチで鼻を覆った。
予想はしていたが臭いがキツい。それも、例のおじさんの臭いだけではなく、アンモニア臭や錆びた鉄のような強烈な臭いも雑じって。咄嗟に鼻を覆っていなければ、脳天が痺れて気を失っていたかもしれない。
果たして、彼女はソファにもたれかかるように倒れ込んでいた。意識は失い、口から泡のようなものが吹き出ている。息は、ある。それを確認すると救急車を呼んで部屋の窓を全開にした。
部屋中を渦巻いていた臭いが、外へと解き放たれて消えていく。
これは、後日聞いた話だが、
「臭いがキツいおじさんだったんです。家庭教師先のお父さんが。けっこう距離も近くて、いつも嫌だなって。でも、笑顔でいなきゃいけないし、まさか鼻をつまむこともできないし、マスクだって失礼だと思って我慢してたんです。その臭いでした。その臭いのはずなんだけど……」
確認を取ったところ、その「おじさん」は亡くなっていた。一週間ほど前に、自宅の風呂場で。死因は、首を圧迫したことによる窒息死。つまり、首吊り自殺。確実に息絶えるように手首も切り裂いていたらしい。
そして、遺書らしきものには一言。Sさんの名前が書かれていた。
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