1-1 新米冒険者、テルミット

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1-1 新米冒険者、テルミット

 目についた薬草を摘み、手持ちの袋にしまう。  ふぅ、と思わず息が漏れる。稼ぎが少ない割りに、これがなかなか重労働だ。  新人冒険者━━テルミットは、1日分の労働量が詰まった袋を軽く持ち上げ、その軽さに思わず苦笑する。  一口に冒険者と言っても、仕事の内容は商隊の護衛や傭兵、テルミットが今現在取り組んでいる薬草の採取まで多岐に渡る。その中でも、花形とされているのは、やはりモンスターの退治だろう。  異形の怪物を倒すその姿は、さながら現代の英雄譚といったところだ。  そうした姿に、尊敬や畏敬の念が集まり、冒険者を志す若者が後を絶たない。テルミットもその一人だ。  故郷の村でひたすら身体を鍛え、元冒険者の老人から剣術を教わり、愚直に鍛練を積み重ね己を磨きあげた。  だが、初めてのモンスター退治で、あろうことか恐怖のあまり逃げ出してしまったのだ。  これが物語であれば、「冒険者に憧れた少年の夢は叶いませんでした」と終わるところだが、現実は厳しい。死なない限り明日は訪れる。  夢破れて目標を失ったとしても、生きていくためには仕事をしなければならないわけで、今日もテルミットは黙々と薬草を集める。  日も落ちてきて、そろそろ帰ろうか、といったところで、視界の端にまだ採取していない薬草が映った。  貧乏性というべきか、反射的に手が伸びる。  薬草をしまうと、また別の薬草が目についた。  薬草を集め、集め、集め、集め。そろそろ帰らなくてはならないというのに、薬草を集める手が止まらない。もしかしたらこの先に大量の薬草が生える穴場があるのかもしれない。そんな期待が脳を焦がす。  視界に映る薬草を集め終わり、ふと周囲を見渡した。辺りはすっかり夜の闇に覆われ、月明かりが頼りなく照らすのみ。  いつものルートからは大きく逸れていたようで、どこからどう帰ればいいのかまるでわからない。 「まいったな……」  完全に日が沈み、夜の闇が辺りを覆う。不確かな記憶を頼りに今から下山をするのは難しい。モンスターのエサになるかもしれない。であれば、野営の準備をした方がまだ現実的と言えた。  幸いにも薬草は大量にあるので食料には困らないが、問題は水だ。いかに食料があろうと、喉の渇きには耐えられない。  これだけ山奥に来たのだから、どこかに水源があるのかもしれない。ダメ元で耳を棲ませてみるも、それらしい音は聞こえない。  その時、視界の端で何かが宙を舞うのが目に入った。 「あれは……」  月の明かりに照らされ、蝶々が悠然と舞う。  聞いたことがある。この辺りの蝶々は流れの穏やかな川で水を飲むことがあると。  この蝶々を追えば、水の問題は解決できるかもしれない。  一筋の希望を頼りに、山の中を歩く。どれくらい歩いただろうか。気力が尽き果てようとしたところで、何やら遠くに明かりが見えた。  さらに近づくと、明かりだけではないことがわかった。屋敷の輪郭が見える。  残った力を振り絞り、テルミットは一目散に駆け出した。
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