私の死神、ありがとう、さようなら。

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「あっつぅー……」 麦わら帽子、白いワンピース、ベージュのヒールサンダルを身につける、少し焼けた健康的な肌をした黒髪ストレートロングの女は、小さなビニール袋をゆらしながら緩やかな勾配(こうばい)(うつろ)な目で一歩一歩と進み、(うち)へと足を急ぐ。 しかし、今は葉月(はづき)の上旬。肌をさすような強い日差し、じめりと湿気を含んだぬるい風、目前のコンクリートがゆらめく陽炎(かげろう)が女を襲い、歩く速度を妨害する。 止めどなく肌をつたい続ける汗のせいで肌に白いワンピースがべとりと張り付き、眉間にぐっと(しわ)を寄せて女は顔を歪めた。 体力を消耗したせいか、やや猫背になっている女の顔は下を向いている。顔が下に向けば自然と視線は下に向くわけで、視界に入るのは灰色のコンクリートばかりである。そんな中、異なる色が視界に入って女は足を止めた。見上げれば、自宅マンションがそこにあった。灰色とは異なる色、それは外出時に見つけた花萌葱(みどりいろ)をした一本の四つ葉のクローバーである。 女はポストに入っていた茶封筒を取り出した。差出人は書かれておらず、女の『夏風(なつかぜ) 幸子(さちこ)』という名前と住所だけが書かれていた。 幸子(さちこ)は自宅に入ってすぐ冷凍庫に手に持っていた小さなビニールごと突っ込んだ。リビングのフローリングに腰を下ろして冷房をつけると、先ほどの茶封筒を開封する。 中に入っていたのは三つ折りにされた一枚の便箋(びんせん)であり、広げてみる。 ──────────────────── 夏風 幸子 21歳 あなたはもうすぐ死にます。 あなたが無事に成仏できるようにお手伝い致しますので、やりたいことを考えておいて下さい。 担当死神:坂部(さかべ) 優希(ゆうき) ──────────────────── 「雑っ⁉︎ "もうすぐ"っていつ⁉︎」 幸子は目を丸くして突っ込みを入れた。一般の人間であれば、そこ以外にも突っ込むべきところがあるはずなのに、幸子が気になったのはその点だけであった。 幸子が便箋(びんせん)の文章を見つめているとピンポーンとインターフォンが自宅に響いた。リビングに設置してあるテレビドアフォンで外の人物を確認すれば、白百合色(しらゆりいろ)の髪に薄浅葱(みずいろ)の瞳をしたシミ一つない少女がそこにいた。小柄で可愛らしい女の子だ。
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