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現在時刻午前七時である。優希はジト目で幸子を見ていた。
「寝れないって言ってた割には、ぐーすか寝てたよね、幸子。目の下にもクマひとつ無し。随分と図太い神経してるんだね」
「朝一から毒舌⁉︎ 否定はしないけども!」
朝食を食べてすぐにふたりは遊園地に来た。はたから見れば一人で遊園地に遊びに来たひとりの痛い女であるが、幸子はあまり気にしていなかった。
辛辣で毒舌を炸裂する優希にお仕置きだと言わんばかりに、優希の苦手とするお化け屋敷やジェットコースターといった絶叫系ばかりを選べば優希が不機嫌になってしまった。幸子がお詫びにパフェをご馳走すればその機嫌は元通りになり、優希は笑顔になった。楽しい時間というものはあっという間で、頭上にはいつのまにか星空が見えていた。
「幸子、もう……」
優希を眉を下げて幸子の服の袖を引っ張った。午後八時まであと五分。
「わかってる。最後にあれに乗ろうよ」
そう言って幸子が人差し指を向けた先を視線で優希がたどる。
「観覧車……うん」
ふたりが乗るゴンドラはただただ静かだった。今までのことを思い返し、噛み締めているようなそんな時間が流れる。
ゴンドラが一番上に差し掛かった時、「あれ?」と優希は首を傾げて自身の両手を交互に見る。優希の手は透けていて、床が見えた。
「優希、楽しかった?」
「うん、すごく楽しかった……けど、なんで?」
「優希が死んで、死神になって今日でちょうど五年なんだ」
「あ、そっか……だからか……」
優希の表情は嬉しそうな、けれど悲しそうな、そんな複雑な表情だった。
「幸子が……私の死神だったんだね」
「黙ってて、ごめん。でも、その方が優希が自然体で楽しんでくれるんじゃないかって思ったんだ」
「謝らなくていいよ。私のために、そこまで考えてくれて有難う。嬉しかったよ」
「うん……良かっ……た」
「恋愛なんてしたことなかったけど、私、幸子みたいな彼女がほしいな」
「なにそれ」
幸子はふふふと笑いながら涙を浮かべて、がばりと優希に抱きつくと優希は一瞬身体をふらつかせながらも幸子の身体を受け止め、背に手を回した。抱きしめながら、透けて段々と人の感触を失いつつある優希の身体を幸子が感じとると、どちらからともなく身体が離れる。
「ありがとう、わたしも優希が好きだよ。親愛的な意味で」
優希はそう言うと、一筋の涙が頬を顎をつたい落ちてゆく。
「こりゃ、手厳しい」
そして、優希は幸せそうに柔らかな笑みをこぼした。それは、幸子が優希と出会ってから一番の笑顔だった。
「さようなら……」
優希は夜のゴンドラに溶け込むように消えていった。
「こんばんは、坂部優希の回収にきました」
藍墨茶のローブを身に纏う青年が突如、ゴンドラ内に現れた。
「お疲れさまです」
青年が何かを掴む動作をした後、麻袋に手を入れた。刹那、麻袋がきらりと蒼く光った。
遊園地の帰り道、幸子はひとり歩いて帰っていた。ふと自宅マンションの四つ葉のクローバーに視線を移すと、それは二つに増えていた。
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