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 礼を言われる理由がよく分からないが、何にせよ機嫌が直ったのならそれでいいか。  碇はそう思うと、ふと、気になっていた妙なウワサの件を思い出した。  丁度、そのウワサのが自分の真横に座っているではないか。  ついでに、ここでそのウワサの真偽を問い質すべきかと、碇は考えた。 「なぁ、御堂」 「ん?」 「お前――――青菱のに手を出したってのは本当なのか?」 「……」 「たしか、まだ大学生だって小耳に挟んだが。まさか、そんな、な……」  すると、せっかく直ったように見えた聖の機嫌が、また露骨に悪くなった。  聖は眉間にしわを寄せ、手の平で揺らしていたマティーニを一気に飲み干した。  そして、据わった眼でバーテンダーをキッと睨む。 「ノッキーン・ポチーンをストレートで」  即座にこれを、碇は却下する。 「ダメだ!! お前、ぶっ倒れるぞっ」 「うるせーゴリラだな! 本場のアイルランドじゃあ、ストレートで挑戦するヤツも普通にいるってぇのに」 「ここはアイルランドじゃねー!!」  碇はそう一喝すると、バーテンダーへ『ソーダで割ってくれ』と注文を付けた。  勝手にオーダーを変える碇に、聖は立腹した様子でバンっとカウンターを叩いた。 「ここの店は、客に好きな酒も飲ませねぇってのか!?」 「好きな酒って……お前のは、ただ酔いたいだけだろうが」  嘆息しながらそう言うと、どうやら図星だったらしい。  聖は叱られた子供のようにと肩を落として、俯いてしまった。  それを見遣り、碇は嘆息して口を開く。 「――――どうやら、その分じゃあウワサは本当だったようだな」 「……」 「でも、お前は……青菱史郎の――」 「オレは、もうヤクザを廃業した一般人だ。だから普通のカタギだ。史郎とは何でもない」  何とも嘘くさいが――多分、言っている本人もそう思っているだろうが。
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