210人が本棚に入れています
本棚に追加
「要するにお前は、怖がりなんだな」
「なに?」
「真壁の真剣に対して本気で応えたら、居心地のいい関係が壊れてしまいそうで怖い。青菱史郎は、こっちが本気に成ればなる程、失う未来が見えるから怖い。そしてその息子の方は……まだ学生だろう? 若造のそいつが、いつか、自分以外との違う未来を夢見る可能性だって、無いワケじゃない。そんな『もしも』が頭をよぎって怖くて、どの恋にも二の足を踏んでんだな」
碇の指摘に、聖は何も答えずにただ俯いた。
――――人の心は移ろいやすい。
熱病に罹ったかのように愛し合った、あの加賀誉だって。
今はもう、聖を見てはいないだろう。
そうなるように仕向けたのは聖自身とはいえ、負った心の傷と流した涙は、本当に辛かった。
“愛されるより、愛したい”
でも、その先にある不安に満ちた未来が怖くて、聖はそこで――――どうしても竦んで止まってしまう。
まるでそれを見抜いたかのように、碇は頷いていた。
「まぁ、恋愛なんざ無理やりやるようなモンじゃないし。お前はそのままで良いんじゃないのか? オレはそういうお前も、結構好きだぜ」
「……」
碇は、すっかり口を噤んでしまった聖を見遣りながら、どうしてこの男がこんなにも人の心を引き寄せ魅了し続けるのか、その理由が分かったような気がした。
(誰かを愛したいっていう、その情熱が絶えず溢れ出てやがるから……それが、とりわけこいつを魅力的に見せているんだろうな)
それこそ、誘引の天然フェロモンだ。
この華の、芳しく狂おしい引力に逆らえる筈がない。
(惚れないワケには、いかねぇよなぁ……)
そんな事を考えていたら、どうやら碇は自分でも知らぬうちに陶然としていたらしい。
「おい!」
最初のコメントを投稿しよう!