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加賀誉はそう言うと、怒りで燃える眼で聖を睨んだ。
その純粋な怒りと若さに、聖は苦さと眩しさを感じる。
聖とて、それなりに護身術は体得しているので誉に反撃するのは簡単だ。
しかし今は、聖も疲弊しているし……それに、誉の悔しさも解る。
――――その話が本当なら。
「お前は誤解しているようだ」
「なに?」
「ウチは二世タレントなんか最初から御免だ。そのオーディションの件は、オレは直接関与はしていないが――――その馬鹿どもは三次オーディションには現れないだろうよ」
きっと真壁は、ダイヤモンドの原石足りうる役者だけを選出し、聖の元へ最終選考の判断を仰ぎにやって来るだろう。
「――だから、安心しろ。お前に才能があれば、二次選考の合格通知が出るハズだ」
水を掛けられたというのに怒りもせず、ただ淡々とそれを口にする聖を前に……さすがに誉も頭が冷えたらしい。
「す、すみませんでした。オレ、勘違いして……」
今更ながら焦り出した様子の誉を押し遣り、マスターが再び前に出る。
「御堂さん、本当に申し訳ありません! お代は結構です。濡れた上着をすぐにクリーニングに出しますので――」
「いや、たいして濡れてないからいいさ」
タオルで水気を拭き取ると、聖は静かに立ち上がった。
「ただ、飯はもういい。帰りにコンビニでも寄るよ」
「本当に、申し訳ありませんでした!」
深々と頭を下げるマスターに軽く手を振ると、聖は店を後にした。
◇
(さて、今日は厄日だな。こんな日は大人しく家にいるのが無難か)
だが家には、暖かく迎え入れてくれるような家族も恋人もいない。
聖は、何処までも独りだ。
人寂しい気もして、ふらりとここへ来たのだが。
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