1 ペンダントを持った男の子

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 男の子は緊張したまま恐る恐る部屋のソファーに座った。しきりに右のポケットを触っている。 「コーラとジュースどっちがいいかな?」 空子が男の子に聞いた。男の子が小声でジュースと答えると、空子はにっこりと笑いながらはーいと返事をした。青は引き続き窓口の番をするために先ほどと同じ位置に座る。空子は青の分のコーヒーを青の前に差し出すと男の子と正対するようにソファーに座った。ソファーの前にサイドテーブルにはクッキーやビスケットや煎餅の入った籠が置いてある。 「お菓子も食べていいからね」 空子は男の子にそう言いながら早速ビスケットの包みを開けた。ボリボリと食べる目の前でで男の子は未だに挙動不審である。 「一人なのかい?」 青は男の子に問いかけた。男の子は青の方を振り向くと静かにこくりと頷く。 「これから先も一人で向かうのかい?」 再び男の子はこくりと頷いた。 「お父さんやお母さんは」 空子がそう聞くと男の子は少し泣きそうな顔をして言った。 「……むこうで、ぼくを待っています。」 向こう、と言えば彼岸の事だろう。ということはこの子の親は先に彼の世に行っている。青は先ほどスキャンしたデータをモニターで確認した。 「君も親御さんに先立たれて寂しかっただろうに。……親御さんもきっと君の事を置いて先にここに来てしまった事を少しは悔やんでいるだろうよ」 空子は男の子にそう言うとコーヒーを一口飲んだ。 「にしてもどうして君みたいな子がこの駅にやってきてしまうんだろうねぇ……ここは只人がやってこれる場所じゃないんだよ」 男の子はじっと空子を見つめる。視線に気が付いた空子はあはは、と笑った。 「そんな顔しないで頂戴な。君みたいな魂をもうここで数えきれないほど見ている。我々は君に危害を加えるつもりは無いよ。君みたいな魂を受け入れて、彼岸に送るのが我々の仕事だからね。その後は知ったこと無いけど。自分の身は自分で守るしかないんだよ」 君もそれはよくわかっているんだろう?と空子が男の子に問いただすと、男の子は大きく頷いた。 「ここに来るまでに、言われました。僕みたいなやつを、鬼が好むって」 「そうかい。……して、君はどれくらい『覚えている』のかな?」  本体、肉体から離れた魂は生前の記憶を失う。魂は閻魔の前にて全てを思い出し、己の罪を自覚し行く先を決めるということになっている。しかし稀に、生前の記憶を持ったまま肉体を離れ、魂として漂う存在が現れるのだ。このような魂は彼岸にて裁きを受ける前に鬼に捕らわれることがほとんどである。その後どうなるのかはよく分かっていないが、ひとつ確かな事といえば、そうなってしまった魂の輪廻転生は極めて難しいということだ。  この三途駅では、「生前の記憶を持った」魂のみを受け入れている。 「……家族みんなで車の中にいて、車の中はめちゃくちゃになっていて、僕は後ろの席にいて、お父さんとお母さんはどれだけ呼んでも返事をしてくれなくて……」 男の子は空子の問いかけに対してそう答えた。青が見ているモニターには彼の死因が「失血死」と表示されている。 「気がついたらベッドの上に居て、でもすぐに眠くなって……気がついたら」 「成程、自分が死んだときの記憶はある訳ね」 男の子は頷いた。 「その他は?」 「……あんまり」 「そっか」 ジュース飲みなよ、という空子の促しにようやく応じ、男の子はコップに手を伸ばした。 「次の列車が来るまでここに居ても構わないよ」 男の子はジュースを飲みながら首を横に振った。 「いや、……ホームに居ときます」 「……そっか」 空子は止めなかった。
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