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それからしばらくして、青はホームの掃除の為に裏口からホームへと出た。
この駅のホームからは、三途の川が良く見える。線路をまたいで向こう側は金網が張り巡らされており、その間から灰色に濁った川を見ることが出来る。この濁りは、かつて船頭達がこの川を渡っていた際に起きた事故で転覆した数多の船と、流された魂によって汚染されていると青は以前空子から教わった。此彼列車が開通してからは徐々にその濁りは解消されてきているらしいが、依然としてその濁りは濃い。
ホームのベンチには、先ほどの男の子が腰を下ろしていた。右手に何かを持っていて、じっとそれを見つめている。青は近寄りがたい空気を感じてホームの端から掃除を始めた。
ホームの隅には石が積まれている。青は空子にこれを崩さないよう言いつけられている。石を避けて砂を掃き、塵取りに集める。ホームは薄暗く、蛍光灯は付いていない。我に返ってホーム全体を見渡してみると非常に奇妙な気持ちになるような場所である。
男の子の前まで来ると、青には彼が一体何を持っているか確認することが出来た。ペンダントである。青の存在に気が付いたのか、男の子は顔を上げると青に向かって小さく会釈した。
「それは一体?」
青は男の子に話しかけた。
「お母さんの物です」
男の子は強張った顔で答えた。
「へぇ。……あぁ、大丈夫だよ。僕らはお客さんが持っているものを没収したりなんかしないよ」
青がそう言うと、男の子は少し安心した様子でふう、と息を吐いた。
「これ、お母さんの所に持っていくんです。車の中で、見つけたから。大事にしていたペンダントだから、きっと見ればすぐにわかるはずです」
「そうなのか……見つかるといいな。ここは静かだけど、列車の中や彼岸はかなり大人数になるよ。無くさないようにね」
男の子はうん、と頷いた。
「掃除終わったかい?」
駅員用入口のドアが開き、中から空子が顔を出した。
「もう少しで」
「あー、また油売ってたな」
「だって」
「まぁ別にいいけどさ、暇だし。……で、どんな話してたんだい」
「この子とお母さんが彼岸で会えるといいね、って話をしていました」
空子はふうん、とあまり乗りの良くない相槌を打った。
「青、次の列車までには掃除終わらせるんだよ」
「……はーい」
空子は再び駅員室へと戻っていった。アルミ製のドアがガチャッと閉まる。
「死んだ人は、みんなこうやって川の向こうに行くんですか?」
男の子が青に聞いた。
「行くよ。僕らの仕事はそれを見届けることさ」
「駅員さんたちは死んでいるんですか?生きているんですか?」
青は返事に詰まった。この手の質問は、青にとって一番都合の悪い質問である。
「……どっちだと思う?」
青が質問を質問で返すと、男の子は首を傾げて、わからない、とはにかんだ。こうやって、青はいつも誤魔化している。
「さて、僕は掃除の続きをするから、列車が来るまで大人しく待っておいてね」
青は男の子にそう言い残してまた箒で砂を集め始めた。
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