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「質問が多いね。わかった。一つずつ答えよう。今は時間がある。運が良いね。さあ、どうぞ」
白衣の彼が、指を鳴らす。青空が広がる眼下。草原の真ん中に、突如として椅子が現れた。
当たり前のように腰掛け、脚を組む少年。背を預け、悠々とこちらを見上げる。
小首を傾げて、不敵に笑んだ。
「座らないのかい?」
不遜な視線に、何故か揺さぶられる心。見透かされているようで、癪だった。
「答えろ。お前は何者だ」
「定義の難しい質問だね。君は何者かを問われたら、何と答える?」
「……人間だ。日本人の男」
「ふむ……僕は僕で、君ではない。人間ではないし、動物でもない。性別の概念もなく、有限の命は持たない。君たちの言葉で表すなら、何が適当かな?」
「はぐらかしているのか?」
「まさか。至って真面目だよ?」
終始変わらぬ表情に、信用できる要素など欠片もなかった。
俺は、どこか畏れさえ抱きながらも、気付かない振りをする。
「質問を変える。ここはどこだ」
「どこでもない世界。地上でもなく、残念ながら天国でもない。ああ、地獄でもないよ。良かったね?」
「いちいち回りくどい。手短に話せと言ったはずだ」
「せっかちだね。わかったよ。お腹でも空いているのかい?」
癖なのだろうか。やれやれと肩を竦めて、小さな顔が淡い苦笑を浮かべる。
俺は、次々と生まれくる言葉を呑み込んだ。
「君たちの言う死後の世界の、入り口手前だ。君の魂を引き留めた。良かったね?」
「良かった? 何が」
「先に進んでいれば、戻れなかった。手遅れになる前に見つけられて、良かったよ。嬉しいよね?」
頭をがしがしと掻く。イラつくのは、会話のテンポが悪いからか。
はたまた、不安を感じているからだろうか。揺さぶられ、感情が落ち着かない。
「死んだのなら、既に手遅れだ。お前は、いったい何を言っている? 何が言いたい?」
「チャンスをあげようと思ってね。僕の退屈しのぎに、付き合ってくれないかい?」
「チャンス?」
何故、こんな得体の知れない存在の退屈を紛らわせてやらねばならないのか――理解不能だが、俺にとってチャンスになることとは、何か。気になって、尋ねる。
「事故の報道を見て、面白いと思ってね。あと少し……五分でもずれていれば、あの場に人はいなかった。バス停の前に並ぶ人間はいなかっただろうって、監視カメラの映像を見ながらキャスターが言うんだよ。あと五分……何と魅惑的な言葉だろう。まるで運命の悪戯だ。君もそう思わないかい?」
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