ひと夏の幕開け

2/6
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 真夏の真昼の浴室では、シャワーで汗を流した側から、滝のように汗が吹き出してくる。 「あぢー」 自然と口から漏れ出る言葉に、余計に暑さが増したように感じる。  髪を乾かすのもそこそこにリビングへ戻ると、お誂え向きに冷えた部屋が陽人を出迎えた。シャワーを浴びて血流が良くなったのか、いつの間にか頭痛も治まっていた。  冷たい水を口にしながら、片手でスマートフォンに触れる。14:15。7月29日土曜日。どなたかシフト代わってもらえませんか。昨日あの後どうしたんww。東京は2日連続の猛暑日、熱中症に注意。リマインド、前期期末レポート提出締め切り7/29 17:00。画面に表示された様々な情報を一瞥する。  何件かメッセージが届いているが、なんとなく返事をする気分ではない。SNSのアプリを半ば無意識に開く。そこには一足先に夏休みを迎えた友人達の楽しそうな姿が溢れていた。海、かき氷、BBQ、浴衣、思い思いの夏がきらきらと誇示されている。陽人も8月の頭のサークルの合宿で、大学生の長い夏が始まる予定である。その後もバイトにサークルにゼミに、余白を埋めるように予定が詰まっている。20歳の夏、2ヶ月弱、50日余りの短きことよ。と、夏の終わりまで思いを馳せたが、陽人の夏はまだ始まってすらいないのである。  そこで漸く陽人は現実に目を向けた。レポートを提出しなければ。夏の資金稼ぎを言い訳にバイトを入れたり、筆が乗らないを言い訳に何もしなかったりと、ずるずると先延ばしにしてきたレポートを、今朝方描き終えたばかりであった。締め切り目前にしなければやる気が出ない性格とは長い付き合いだが、なんやかんやでどうにかなってきてしまったのが陽人にとっての不運である。テスト試験は既に終えているので、今期3つあるレポート課題を、後は学校に提出するだけとなっている。  時刻は14時を回ったところ、太陽は真上を照らし、ただでさえ暑い夏の日の中でも1番暑いと言われる時間帯である。外出たくないな。ぎりぎりまで。あとは出すだけだし。家で印刷して持っていけば、16時半に学校着けば余裕で間に合うか。ということは15時半に家出ればいいか。余裕だな。  陽人なりの時間計算を一瞬で終えた。家を出る時間まであと1時間はある。"余裕"。見逃していた動画を消費しようか。マンガアプリも未読を溜めている。いずれも1時間もあれば十分だ。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!