都橋探偵事情『蝙蝠』

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「何のために?」 「長男の玩具です、大人のおもちゃ代わり」  林は燃え上がるシェルターの中で微笑んでいたヨナの顔が浮かんだ。 「するとシェルターにその長男は隠れていたんだな?」  中西が身を乗り出した。 「長男を母親が抱き締めていました。火の点いた犬が飛び込んで来てシェルターは燃え上がりました。母親は死ぬこと以外考えていませんでした。残念ですけど助けることは諦めました」  林が苦しい胸の内を吐露した。林の無念が二人にも通じた。気安く宥める言葉も浮かばない。 「何でそんなことになるんだろうなあ、その変態長男は虐められて不登校になりそのままあの屋敷に閉じ込められていたんだろ?灰汁にされちまったんだ世間の。連れて来られた朝鮮人の居場所を敗戦で取り上げた、そのツケが歪になって、それも今頃になって表面に出て来たんだ。まだまだ続くぞ」  人攫いの人殺しは許せないが根幹は深い。その根を抜き取らない限りなくならないだろう。数々の事件を担当し、その裏側の処理までして来た中西ならではの感想である。 「ところで坂木君が心配だが」  徳田が言った。 「病院に寄って来ました。ご家族がいたのでベッドの近くまで寄れませんでしたが目が合って頷いていました。急所は外れていましたので傷が塞がれば問題ないと警備の警官から聞きました」 「そりゃ幸いだ、あの黒マントに引き摺り込まれた時はもう駄目だと目を瞑った。助かってよかった」  徳田は安堵した。  
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