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飛んで火に入る
せっかくおばあちゃんに着付けてもらった浴衣も妹にセットしてもらった髪の毛も、乱れてしまった。
「…………ばかやろー」
膝に両手をついて、肩で息をする。
唇を思いっきり噛んでいたからか、ほんの少しだけど血の味が口の中に広がった。
こんな偶然ってあるのかな。
付き合っている人に会った。
今日は仕事だから一緒に行きたいけどごめんね、って言っていたのに。嘘つき。
誰の目にも触れない場所まで行きたい。一人きりになりたい。あんな奴のために泣いてやるもんか。走り出した私の背中に友達の声が届いたけど、止まらなかった。
『七宝柄はね、ご縁が繋がるとても縁起のいい柄なんだよ』
なりふり構わず走り続けて、広がってしまった裾。着付けながらおばあちゃんは言っていたけど、全然良くない。むしろ最悪だよ。
すれ違うにも肩がぶつかるような、そんな人混みを必死に掻き退けてきた。身体の至るところから玉のような汗が吹き出す。凄く喉が乾いた。
さっきまで飲んでいたビール、ほんの少ししか残っていなかったけれどあいつにぶちまけてやったから、何も喉を潤すものがない。
なんか、飲みたい…。
湿度の高い夜に奪われて、上手に吸い込めない酸素。アルコールが入った体で全力疾走したから、尚更。顔を上げようとしてもふらついて思い通りにいかない。
繰り返し顔を上げて沈めて、何度目かで膝から両手を離す。
数回大きく呼吸をして、ゆっくりとまぶたを開ける。
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