真夏のモツ煮込み

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もう一度座ろうかなと腰を下ろし始めたその時 ドンッという音が響き、遅れて茶色と呆けた白しかないような店内に彩色が差し込む。 「なにこれ、え、はな、び?」 背にしてた入口に駆け寄って、ガラス扉に顔を近付ける。 ビルとビルの合間に、極彩色の花弁が空を舞っている。夏の、本領発揮。 「ここ凄い!ちょうど良くめちゃめちゃ見える!ね、いつもそうなの!?」 興奮して振り返ると、そこにはもう、誰もいない。 丸椅子、空のカップ酒、火種の残るタバコから、細く長い煙が天井に向かって昇っている。 一瞬の出来事に信じられず、奥の厨房に侵入する。「入ってくんな!」なんて口汚く咎められることもない。 なにが起こったの? 来たときと同じように立ちすくみ、何の音も気配もしなくなってしまった店内を何往復も見渡す。どこを切り取っても抜け殻のよう。 変化の一つも起こらない状況に、仕方なく引戸を開ける。入ってきたときと変わらない乾いた音が虚しく耳に響く。 店から一歩外へと足を踏み出したとたん、夏の匂いが鼻の粘膜を刺激した。人の声、花火の音、車の振動。当たり前としていた日常が目の前に繰り広げられてる。 そして、ゆっくりと振り返った先。 ひと欠片の名残もなく、私が今いたはずの場所は、消えてなくなっていた。
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