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狂気
私の狂気は奇麗なのよ。
そう宣った彼女は、普段よりも格段に素敵な瞳をして、大きな両方の黒の中に誰にも侵入不可の純粋な秘境を宿していた。
その右手にはしっかりと刃物が握られていた。僕は彼女に刺されていたのだ。
いたのだ、と言ったのは、痛みは鈍く、確かめる際にじわじわと確証に変わっていく為だ。
僕には彼女の狂気は理解できなかった。
それでも刺されるまでの間、彼女と過ごした日々の中で、彼女を愛さなかった日など一日、一秒たりともない。
彼女は名前を嫌った。僕は何故かと問う。
「だって、そこに在るだけだから」
彼女は愛を嫌った。僕は何故かと問う。
「愛よりも嫌悪が好きなだけよ」
彼女はよく笑い、よく食べ、よく寝た。ごく普通の女の子であるように。僕はそんな彼女を観察するのが好きだ。そんな彼女は時々狂気に溺れる。自分の皮膚を傷つけ、物を投げつけ、壊しては暴れ回る。
何が気に食わないのか?僕はまたもや問う。
彼女は泣きながら笑い、僕の体を叩いた。
「貴方が苦しんでいる顔が好き」
朝目覚めた時、彼女がサボテンに水をやる後ろ姿に何度も恋をした。振り返った刹那、彼女は微笑みを隠した。まるでそれがザイアクであるかのように。
「孤独と狂気は最高のひとり遊びよ」
彼女はいつも、台詞のように呟く。僕はふとした瞬間、怖くなった。そういう顔をすると彼女はいつも見抜いて、微笑むのだ。
その日僕が家に帰ると、彼女はまた狂気に耽っていた。床にへたり込み、影の中から白を見せて笑う。右手には無数の切り傷があり、血が滴っていた。
「またやったのか」
僕は呆れ果てたように言った。
「君は頭がおかしい」
ついに言ってしまった。
その不穏な音色を敏感に受け取った彼女は、笑顔を無くし冷たい瞳を向けた。
その後僕にゆっくりと近づいて、抱きしめて、
「私の狂気は奇麗なのよ」
そう言った。
僕の内部が暖かく、痛みに染まっていく事に気づいたのはその時だった。
意識が遠のく中で、彼女は叫びながら笑う。それが愛の歌であるかのように。
僕は病院の中で目を覚ました。ふと横を見てみると、何でもないように彼女がリンゴを剥いていた。
叫ぶ僕は、彼女のナイフを奪い、それから刺した。彼女はその時、一番奇麗に歪んで笑った。そして彼女は言った。
「貴方の狂気も、奇麗」
僕と彼女はそれから、愛し合うように抱き合った。その温もりは永遠に消えないように思えた。
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