ブルー・サスピション

安全浮上

　――ゴボリ……

　インクブルーが広がる頭上に、細かな泡が星のように散らばっていく。浮力調整装置(B　C)の空気を抜いて、息を吐きながらゆっくりと浮上する。左手首のダイブコンピュータ(ダイコン)を確認する。

　水深21m。無減圧潜水時間(N　D　L)、5分。

　急激に浮上すると、肺の中の空気が膨張して破裂する恐れがある。また、潜水中体内に蓄積された窒素が血管や組織を圧迫して破壊する、減圧症になる危険性がある。これらの事故を防ぐためには、2つのことが必要だ。1つはゆっくりと浮上すること。安全とされている浮上速度は毎分9mだから、この水深からだとおよそ2分あればいい。もう1つは、安全停止。水深3-6mの間で3分間、浮きも沈みもしない中性浮力をキープすることだ。
　安全なダイビングを終えるために必要な時間は、あと5分。ダイコンが弾き出した通りで、問題ない。

　右手首に嵌めたダイバーズウォッチも確認する。海中では見えないが、濃紺の文字盤が美しい、オリスの「アクイス」のブルー。世界限定2000本の人気モデルは、愛する彼女からの贈り物だ。蓄光の夜光針がp.m.13:27を青白く示している。この海域は潮流が複雑で、14時を過ぎると北西から南東に変わるけれど、大丈夫、十分な余裕がある。

　――ゴボ……ゴボボ……

　自分の体内から排気された細かな泡を眺めながら、独り浮上していく。
　共に潜ったバディは、俺達が愛した静謐な海底でどんな夢を見ているだろうか。