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八月十三日
八月十三日。
平成最後の夏は猛暑だった。 最近は頻繁に降る夕立のお陰で多少気温は低いように感じるものの、その代わりに湿度が高く、それはそれで不快感があった。
今日も、電車に揺られている間ににわか雨が降りだして、背後の窓ガラスを雨粒が強く打ちつけている。電車を降りる頃には、この雨はあがっているだろうか。荷物になるので、今日の僕は傘を持っていない。
電車が、江戸川を渡る。
川に架かる橋は大した長さではないけれど、僕にとっては途方もなく長い。渡った先にあるのは、もう数年帰っていなかった街……いや、この前の花火大会のときに一度来たので、大体一週間ぶりか。
それまで数年遠のいていたこの街は、実は、来ようと思えば一時間余りで来ることができる。松戸から都内の僕の住む街まで、通勤や通学で頻繁に行き来している人もいるだろう。人はこの距離を「近い」と言うかもしれない。だけどそれは、地理的な距離に過ぎない。江戸川のあっちとこっちでは世界がまるで違っていて、その距離は途方に暮れる程「遠い」。少なくとも僕は、そう思う。
松戸で電車を降りて、駅ビルで寄り道をしてから実家に行った。着いたときには父さんも双子の妹も仕事を終え既に帰宅していて、すぐに「迎え盆」へ行くこととなった。
夕立の名残がぽつりぽつりと降ってくる中、灯の点いていない提灯を片手に廟所まで歩く。蒸し暑い。
「理さぁ、伊勢丹潰れたの知ってる?」
「あぁテレビで観た。今日ボックスヒル寄ったらレストラン街とかも閉まってたね」
「あー、改装してるね今」
道中、妹の理菜とそんな話をした。父さんが口を挟んでくることはなかったけれど、話は聞いていたと思う。父さんはもともと物静かで、「ぶっぶー、ボックスヒルは今アトレになってますぅー」なんて突っかかって、野暮に会話の流れを止めてくるような人ではない。
あの人と違って。
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