凱旋

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凱旋

 魔将グィードの死を知った連合軍は、なだれ込むように王都へ突入した。  市街に立てこもられては血みどろの戦いになってしまう。指揮系統が崩れ、混乱している今が攻撃のチャンスだった。  連合軍に呼応するように、市民も立ち上がってグィード軍の拠点を攻めた。個々の能力は魔物のほうが高いが、数は圧倒的に市民のほうが多い。これ以上の戦いは不可能だと悟り、グィード軍は散り散りになって王都から脱出していった。  王都奪還。まさしく連合軍の勝利だった。  しかし、被害は大きかった。王族は皆殺しにされ、後継となり得る分家も行方がしれなかった。市民も市街戦に巻き込まれ、大勢が亡くなった。  兵士たちの損耗は予想以上に少なかった。これは奇襲が功を奏したことになる。大将であるグィードを序盤から引きずり出し、仕留められたのが大きい。  王都奪還から一週間が経ち、凱旋パレードが行われることになった。  まだそんな時期ではないという声も上がったが、恐怖の統治を受けていた市民にはそういう娯楽が必要だと、指令部は判断した。  かつて何かの役所であった建物を仮の兵舎にしている。パレートの行列はそこから順次出発していく。 「よくやってくれた!」 「英雄スタファン!」 「まさに武神だ!」  奇襲部隊を率いていたスタファンが一番の功労者である発表がなされ、市民たちには英雄と呼ばれている。 「どうして、女神様が英雄じゃないんでしょうね……」  ドロテアが不満そうにつぶやく。  スタファンを呼ぶ声は、まだ兵舎で待機しているアンリたちにも聞こえていた。 「英雄なんかじゃないよー。やれることをやっただけだから」  アンリはそう答えたが、自分たちを捨て駒にしたスタファンが持てはやされるのは納得がいかなかった。 「でも、よりによってあいつが英雄なんて」 「表向きには、一番に王都へ駆けつけたことになっているからな。前線で戦う指揮官というのは、市民受けするんだろう」  スタファンはどんな顔でパレードに加わっているのだろう。「どうして俺がピエロみたいなマネしなくちゃいけないんだ」と文句を言いながらも、笑顔を振りまいているのかもしれない。そう思うとおかしかった。 「さあ、行こうか」  自分たちの番となった。  アンリは魔神に乗り込む。  徒歩の兵士たちを踏み潰さないように距離を取って、行列に加わる。  異変はすぐに訪れた。  観衆の待つメインストリートをやってくると、歓声が突然やんだ。  お目当てである英雄スタファンが遠ざかったからだろうと思ったが、そうではないようだった。  観衆は魔神を見ておびえていた。  体長5メートルある漆黒の悪魔をはじめて見た物はたいてい怖がるものだ。だが、そうではなかった。 「あれってまさか……」 「あの巨大な魔物がやったんだよ……」 「なんでパレードに」  魔神がなんであるかを知っているからこそ、歓迎していないのだ。 「え……」  アンリは戸惑いを隠せない。  これでも命を張って王都を解放したという自負があったからだ。 「よく姿を見せられたな!」 「街を壊しやがって!」 「俺たちの王都をよくも!」  観衆の声はすぐ罵声に変わり、歓迎されぬ理由はすぐに分かった。魔神が政庁の付近を吹き飛ばしたのを、多くの市民が目撃していたのだ。 「破壊者め!」 「王都に魔神はいらない!」 「お前は誰の味方だ!」  市民にとって魔神はただの破壊者だった。  非難の声は強まっていき、物も街路に投げられるようになった。 「女神様、気にすることはありません……」  隣を歩くドロテアが声をかけてくるが、明らかにおびえている。 「大丈夫、大丈夫だから……」  魔神と言われるのは慣れている。この世界に来てから女神とされるよりも、魔神とされることのほうが多い。でも、自分は魔神ではない。れっきとした人間だ。  そのとき、パレードに一人の少女が飛び出してきた。 「危ない!」  アンリは足を急停止させる。 「飛び出しちゃダメだよ」 「お父さんを返して!!」  少女は魔神の進路を塞ぐようにして立つ。 「え……」 「お父さんがいないの! 帰ってこないの! いくら探して見つからないのよぉ……!」  少女は涙ながらに訴える。  メリエルは進路を塞ぐ少女をどけようと近寄る。  すると辺りから観衆が、街の一部であったものを投げながら、街路に飛び出してきた。 「返せ! 返せ! 返せ!」  至るところからシュプレヒコールが上がる。  魔神はあっという間に囲まれてしまう。 「あ、あああ……」  アンリは身動きが取れなくなってしまう。後ずさりしたい気持ちだが、すぐ後ろにも観衆がいて下がれない。  アンリが少女の父を殺してしまった証拠はない。魔物に連れさらわれたのかもしれないし、逃げる途中で建物の下敷きになったのかもしれない。 「悪魔め!」 「人殺し!」  しかし、アンリが殺してない証拠もない。この場では、アンリが殺したとするほうがもっともらしかった。 「いや……やめて……」  アンリにも、自分が人を間接的にでも殺してしまった意識はある。抗議の叫びは弾丸となって、アンリの心を蜂の巣にする。 「飛べ!」  そう言ったのはメリエルだった。  アンリは反射的に翼を広げゆっくりと飛び上がる。  突風が巻き起こり、観衆が次に目を開けたときには魔神は遙か上空にいた。 「なんで……なんでよ……。私ばっか……」  涙が自然とあふれ、とまらない。  この世界に来てからロクなことがない。人々のためを思ってもすべてが裏目に出る。女神と期待されてそれに応えようとするが、必ず魔神という評価が返ってくる。  街の人々が見えないほどの高さに到達した。もはや観衆の声は聞こえない。  しかし、視界の隅に爆心地が見えてしまう。  王都にぽっかり空いた大きな穴。まるで隕石が落ちたかのようなクレーターになっている。 「そうだよね……。誰も死んでないってことはないよね……」  避難が済んでいてあの辺りには誰もいなかった。そう思い込もうとしていたが、現実は違う。爆発に巻き込まれ、姿ごと消えた者もいれば、衝撃波によって倒れた柱に踏み潰された者もいた。それは現在調査が行われ、報告書にまとめられつつあった。 『何を気に病む必要がある。お前のしたことではなかろう』 「アスラ、あなたが……」  アスラは気遣っているのかもしれない。だがそれはアンリの心を乱す。  アスラがこんなことしなければ。そう口にしようと思ったが、敵前で気を失ってしまった自分に、アスラを責めることはできない。 「ごめん……。私が弱いからいけないんだよね……。グィードをさっさと倒せてればこんなことにならなかった……」  アスラは何も答えない。 「勇者は強かったの?」 『強い、か。確かに魔装の扱いはうまく、戦闘も見事なものだった。だが、心は違った』 「どういうこと?」 『狂っていた』 「え……」 『民衆から期待と責任に押しつぶされ、自我が崩壊したのだ。それが強さの秘訣とも言えようか。奴は事をなすために手段を選ばなくなった。敵である魔物と手を組み、魔物から兵器を作り出すことを思いついた。この時点で人間の発想ではないな』  勇者は、敵である四天王のアフラマズドと交渉した。そして、魔物を合成し、魔装と呼ばれる兵器を作り出したのである。 『魔装で容赦なく魔王軍を襲撃し、ことごとくを抹殺していった。そして四天王をも破り、最強の魔装であるこの魔神を作り上げたわけだ。その力で魔王を討伐し、我をも裏切って封印した』  アンリはごくりとつばを飲む。  勇者の行動は確かに人の思い及ぶところではない。だがそれは自分にも重なるところがあり、気が気でなかった。 「勇者は民衆に嫌われなかったの?」  悪魔のような力を持つ人間。人々が恐れないわけがない。 『恐れられはしたが、嫌われなかった。なぜなら目撃者はすべて殺していたからだ』 「え……」 『奴はわずかな仲間だけを連れて、魔王討伐の旅に出た。手段を選ばぬ戦を見せられるわけもなく、悪評が広がらぬよう、見た者の口を封じたのよ』 「人を殺す? そんなのいいわけない……」 『だから、狂っていると言った。奴は魔物も殺すし、人も殺したのだ。魔王を倒したあと、どうしたと思う?』 「アスラ……アフラマズドを殺したんでしょ……?」 『まず、長く連れ添った人間の仲間を殺した』 「ウソ……」  これが人々が勇者とあがめている人物の真実なのか?  勇者は魔王を倒すために非道なことをして、それがバレないように関係者を殺した。それが本当ならば、魔王を倒したあと、王都で要職につかず、ウルリカという田舎に暮らしたのも頷ける。  しかし、それよりも気になるのが自分のことである。  勇者はその魔神のごとき所業を人々に見せないことで英雄となったが、自分はすでに見せてしまっている。 「いや、そんなわけない……。これで合ってるはず……」  勇者は英雄となり、成功したと言えるが、そのやり方が正しいとは認めたくなかった。人に嫌われたとしても、人を殺すのが正解なわけがない。  魔将ボリスと手を組むと提案したときの村人の顔が思い出される。あれは同胞である人間に向ける顔ではなかった。今のパレードもそうだ。完全に悪魔に対する憎しみの顔だった。 『下を見てみろ』 「ん」 『パレードにボリスの配下はおらぬだろう?』  目を凝らし、魔神の目を介して下界を見る。  確かにパレードは人間だけだ。魔物は参加していなかった。 「どうして? ボリスは?」 『しばらく魔物が支配していた街だ。魔物を見せぬよう配慮したのであろう』 「ボリスはそれで納得したの?」  この勝利はあくまでも連合軍のものだ。半分はボリスの成果である。それを人間だけのものとするのを、ボリスは許したのだろうか。 『分からぬが、こうなっているのは、そういうことなのだろう』 「おかしい……。それが分かってるならなんで……」 『魔神をパレードに参加させたのか』  もともとアンリはパレードに出る予定はなかった。ブリタ、スティーグ姉弟のことが心配なので、王都を離れて後方に下がろうと思っていた。しかし、司令部の使者が来て、パレードに出て欲しいと依頼されたのだ。 『話は簡単だ。人間はお前を』 「言わないで!」  アンリはアスラの言葉を遮る。  その答えは分かっているからこそ聞きたくなかった。  民衆のヘイトが自分に向くように仕向けた者がいるのだ。王都を開放することはできたが、多くの市民が死んだ。それは連合軍と不手際と言える。その不満をどこかで発散させなくてはいけない。そのために連合軍はパレードを行った。魔神にすべての責任を押しつけるために。  仕組んだのは誰か? スタファンか? 司令部の誰かか? それともボリスなのか? 「この世界に味方なんていないんだね……」  結局、自分はよその世界から来た人間。この世界のために命がけで戦っているのに、まったく理解してくれない。 『不満ならば奴のようにすればよいではないか』 「勇者と?」  目撃者を皆殺しにする。  それは眼下にいる市民を全員殺すことだ。  この魔神ならばそれができるかもしれない。あのクレーターのそばに、もう一つ同じものを作ればいいのだ。 「馬鹿なこと言わないで!」  一瞬でもそんなことを考えてしまった自分が怖かった。 「アスラは自分の体を取り戻すのが目的なんだよね?」 『ああ』 「それまでは私に協力してくれるってこと?」 『そういうことになろう』 「じゃあ、仲間だね」 『仲間?』 「そう、仲間。私は魔神の戦う力が欲しいし、アスラは体を探してほしいんでしょ? 協力し合うんだから、仲間じゃない?」 『ク、ククク……クハハハハ……! 面白いことを言う。確かに協力関係にある。だが、我とお前が仲間とな』 「不満?」 『いいや。これでも、お前を気に入っているのだ。この魔神、好きに使うがよい』 「ありがと」  アンリはウソをついた。  個人的にアスラを嫌いではないが、信用はしていなかった。しかし、自分がこの世界で生きていくのは魔神の力が必要だ。アスラの体を探すといいつつ、協力し合ったほうがいい。 「私には人を殺せないから……」  魔神に力を貸すが、私は魔神じゃない。人々を助けるため魔王軍と戦う。そして魔王を倒すんだ……。魔王を倒したあとは……。  勇者のようにアスラを倒す。  アスラが何を企んでいるのかは分からない。もしかすると、勇者がアスラを裏切ったのにも理由があるのかもしれない。 「力を持った責任は持つから……」  アンリは胸に手を当てて、眼下のクレーターを見て祈る。  魔神は強大な力を持っている。それを使い方によって災厄を招く。自分が魔神を手にしたからには、その責任を取らなければならない。必ず魔王を倒して魔神を封印する。  きっと勇者が人目につかないところに、魔神を隠していたのはそのためだ。活動を再開した魔王を倒す者が現れるまで、誰にも渡したくなかったのだろう。 「魔神が相棒とか、ほんと笑える」  そう言うとアンリは、魔神の胸を開き、そこから飛び降りた。 『お、おい!』  アンリの体は投げ出され、重力に従って真っ逆さまに落ちていく。 「気持ちいい」  こうやって自由落下するのは、学校から落ちてから何度目だろう。  しかしあのときのような恐怖はまるでなかった。  風を切る感覚が気持ちいい。重力に身を任せる感覚が心地いい。 「私は私だ! 他の誰でもない! 私は私のしたいようにするっ!!」  アンリは叫んだ。  しかしその声を聞く者は当然誰もいない。 「アスラ!!」  魔神がアンリの下に回り込み、その手でアンリをつかむ。 『無茶をする』 「私が死んだら困るんでしょ?」 『ああ』  アスラはあきれたように答えた。
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