アンリ

1/1
前へ
/35ページ
次へ

アンリ

「いやはや、王都奪還がこんなにもうまくとは思いもせなんだ。さすがはスタファン殿よ」 「俺は何にも。シュタルク殿の命令に従っただけです」  司令長官であるシュタルクのおべっかを、スタファンは適当にあしらった。  政庁に司令部が置かれ、連合軍の指揮官たちが集まり、今後の方針について会議が行われていたが、ずっとこの調子でスタファンは嫌気が差していた。シュタルクはスタファンを褒めているようで、結局は自慢しているのだ。  シュタルクは有力貴族で、魔物に攻められ陥落間近の王都から脱出し、しばらく地方で逃げ回っていた。魔王軍と戦い、勝利を収めた連合軍の存在を聞いて、参陣を決めた。連合軍は地方領主の集まりであったため、中央とつながりを持つシュタルクを指令部の長として歓迎する。  口ひげをなでながら座っているその席は、グィードに暴政に抗議して殺された宰相の席であった。 「ボリス殿もそう思われるであろう?」 「はい。スタファン殿の采配は見事なものでした。しかし、シュタルク殿が思い切った決断をされたからこその成果です」  ボリスも人間と関わるようになり、すっかり処世術を心得ている。この手合いと議論しても無駄と分かっていた。  シュタルクはお世辞を言われているとはつゆ知らず、満足そうな顔でうなずいている。 「……王族殺しが」  スタファンが本音を漏らす。 「何かね、スタファン殿?」 「いいえ。何にも」  アンリを捨て駒にして、王都に奇襲を仕掛ける案を承認したのは、このシュタルクだった。  スタファンは抗議したが、受け入れられなかった。結果、王族を始め、市民など非戦闘員に多くの死者を出すことになる。 「スタファン殿、言いたいことがあるならば言ってはどうだろうか? 皆、英雄の言葉には耳を貸そう」  白々しくそんなセリフを吐いたのはボリスだった。奇襲策の提案者である。  スタファンは、戦力として魔物の力を評価していたが、初めから信用できる相手ではないと思っていた。あくまでも力を借りるだけ。信じても、頼ってもいけない。いずれ敵になると分かって接するべき。特にボリスは並の魔物ではなく、知能は人間に比肩するから、決して心を許してはならない。  今回の作戦も、結果的にうまくいったからいいものの、リスクが高すぎた。それに魔物にとってデメリットが少なく、人間側にリスクと負担が多すぎる。 「そうか。では……」  英雄の言葉を聞こうと、一同は黙ってスタファンを見る。  スタファンはゴホンと咳払いをした。 「腹の調子が悪い。今日は下がらせてもらってもよいか?」  スタファンの言葉に場が凍り付く。  英雄の発言が本気なのか、冗談なのか判別がつかず、笑っていいのか気遣っていいのか、一同は戸惑った。 「異論がないようなので、下がらせていただく」  スタファンは返事を待たず席を立った。  あまりに堂々とした行為に誰も口を挟めなかった。 「ちょっと待ったあぁーっ!!」  政庁の会議室に女性の声が響き渡る。  ドアを勢いよく開けて飛び込んできたのはアンリだった。 「誰だお前はっ!! ここをどこだと思っている! すぐに出て行け!」  シュタルクが叫ぶと、側近が耳打ちする。 「お前が? 女神?」  これまで近くにはいたはずだが、アンリは敬遠されていたため、二人が会うのはこれが初めてだった。 「これはこれは女神殿。今は重要な会議中です。お引き取り願いたい」  一応は功労者。シュタルクはアンリを罵りたいのを我慢する。  当然、少女が女神だと信じていない。むしろ、魔神という強力な力を持っていることが気にくわなかった。  そう。パレードにアンリが参加するよう仕組んだのはシュタルクだ。 「いいえ、今日こそは発言させてもらうわ」 「な……。衛兵! 女神殿をお連れしろ。迷子のご様子だ」  衛兵が形相をこわばらせ、アンリの肩をつかむ。 「手を離してもらおうか」  衛兵はぱっと手を離す。  その喉元にはナイフが突きつけられていた。 「それでいい」  メリエルだった。ゆっくりナイフを離す。 「貴様! 何をしている!! ここをどこだと思っておるのだ!!」 「あなたこそなんですか! 女神様に無礼です!!」  ドロテアが間髪入れずシュタルクに言い返した。手にはライフルを持っている。 「貴様らぁ……指令部を乗っ取る気かっ!! 少し戦功を上げたぐらいでいい気になるな! 戦争は小娘ごときが口出せるものではないぞ!」 「いい気になってるのはあなたでしょ? 都合よく王族が死んでくれて、今やあなたがナンバーワンだからね」 「な、なんだとっ!?」  アンリに本音をつかれ、シュタルクは後ずさって狼狽する。 「はじめから王族を助ける気なんてなかったんでしょ? だから、あんな無茶な作戦を容認した」 「ば、馬鹿なことを言うな!! 衛兵、曲者を連れ出せ!」 「ボリス、何か聞いてない?」  アンリは騒動を傍観していたボリスに話を振った。 「こやつに話す必要はありませんぞ!」 「ふむ。確かに、デメリットとして人質が犠牲になるかもしれないと話したが、御仁はむしろ都合がよいとおっしゃっていたな」  ボリスは顎をなでながら話す。 「ボリス殿!?」  シュタルクは同盟者のボリスにハシゴを外され、頭を抱え込む。 「ほ、ほれ! 何をしておる! こやつらを追い出すのだ!」 「は!」  衛兵がアンリたちを取り囲み、銃剣を突きつけてくる。 「抵抗したら撃ってもよい」 「し、しかし……」  衛兵も、この少女が女神であり、これまで連合軍に貢献してきたことを知っている。  バンっ!  銃声が鳴った。  緊迫した空気が走り、誰が撃ったのかとそれぞれ顔を見合わせる。 「女神さん、言いたいことは言えたのかい?」  撃ったのはブリタだった。  アンリを襲撃した双子ダークエルフの姉。  シュタルクは髪を焦がされ、青ざめている。 「まだ」  アンリは一歩進み出る。  衛兵はアンリらを恐れて、銃剣を向けながらも一歩後ろに退く。 「あなたは私を女神だと信じてる?」  シュタルクに問う。 「そ、それは……」  当然信じていない。だが、ただの少女をゲスト扱いにしている以上、女神ということにしておかないと、自分たちの立場がないのだ。 「信じてないよね。そう、私は女神じゃない」 「は?」 「だから、みんなを救うことなんてできないの。」 「女神殿、何をおっしゃるのだ?」 「それに魔神でもない。だから、仲間を犠牲にしたりなんてしない」 「お、おい……」  シュタルクにアンリの言うことはまったく理解できない。 「あなたのいいなりになる気はないってこと。これからは、私の自由にさせてもらう!」 「ふ、ふふふ……ふざけるな!! これは戦争だ! 貴様は兵士だろう! 上官に従え!」  本音が出る。女神と呼んでいても、結局都合のいい駒としか思っていない。  自分の命令通りに動いて、魔将を倒して戦功を自分の捧げてくれ、不始末があればすべてかぶってくれればいい。  シュタルクは衛兵から銃剣を奪い取る。そしてアンリに向けて、引き金に指をかけた。 「てやっ!」  銃剣が真っ二つに割れた。  目にもとまらぬ速さで、シュタルクに剣を振り下ろしたのは、双子の弟スティーグだった。 「さあ、引き上げだ」  メリエルがアンリをかばうように立ち、出口にうながす。 「そ、そうだ! こんな奴が女神のわけがない! 殺しても構わん!! 撃てええ!!」  血管が切れるのではないかと思うぐらいいきり立った声で、シュタルクは叫ぶ。  衛兵たちは顔を見合わせるが、覚悟を決めて銃口をアンリに向けた。 「あ、あー! ちょっといいかぁー!」  間の抜けた声。しかしその声量はシュタルクを上回る。 「腹痛いんで、俺、そろそろお暇しますわー」  スタファンだ。成り行きを見守っていたがついに動き出す。  アンリを囲む衛兵を押しのけて、会議室を出て行こうとする。 「ま、待て! なんのつもりだ……」 「おっと、足がすべっちまった」  スタファンは両腕を広げ、数人の衛兵にラリアットをかますように倒れる。 「スタファン……」  これにはアンリたちは目を丸くする。  どうやらもスタファンがかばってくれるようだった。 「行こう、みんな!」  ブリタとスティーグが先頭に立って、道を切り開く。そのあとをアンリが走り、ドロテアとメリエルが護衛につく。 「逃がすなー! 殺せ殺せーっ!!」  政庁の宮殿にシュタルクの声が響き渡る。  しかし、衛兵は誰もアンリたちのあとを追わなかった。  アンリはウルリカに来ていた。  自分が女神として召喚された地である。  村はボリスとの戦いで半壊している。ほとんどが兵士として王都にいるため、老人や子供がわずかに暮らしていた。 「とりあえず戻ってきたけど、帰れるわけじゃないか」  帰るとは元の世界のことである。  自分が召喚されたのには、少なからず魔神が関係しているはず。何か手がかりでもあればと思い、魔神に乗って呼び出された場所に来てみたが、特に収穫は得られなかった。 「アスカ、大丈夫かな……」  しばらく会っていない家族のことも心配だったが、自殺しようとしていたアスカのことが一番気にかかる。 「もし、この世界にいるのなら……」  アンリは己の手を見る。 「今度は絶対に助ける」  アスカの手をつかみ、そのまま引っ張られてしまった手。今度は引き寄せてみえる。  アンリは手を固く握った。 「女神様! 食べ物を確保できましたー!」  ドロテアが手を振って走ってくる。  満面の笑顔は久しぶりに見た気がする。戦争が始まり、ドロテアの心はずっと張り詰めていた。ここはドロテアの故郷、帰ってきたのがプラスに働いているのだろう。 「女神はやめて、って言ったじゃない」 「嫌です! 女神様は女神様ですから!」  屈託のない笑顔に、その物言い。アンリも照れてしまう。 「ああ、久しぶりにいい狩りだった」  大きな鹿を担いだメリエルが現れ、アンリはぎょっとする。 「それ食べるの……?」 「ああ、うまいぞ」  自分の故郷は遙か遠く。しかし、今の居場所はここだと実感できる。  誰一人知り合いのいないこの世界、彼女たちが自分を結びつけてくれる。  答えもない。救済もない。女神もいない。しかし魔神はいる。  できることは多くはないが、望まれているならば戦おう、助けられるものは救おう。  女神でもなく、魔神でもなく、ただのアンリとして。 「じゃ、みんなで食べよっか」  アンリは二人に手を差し出した。 「人間よりダークエルフのほう魔力があると聞くが」  男が尋ねた。 「そう言われております」 「しかし、魔法を使えるわけではありません」  床にひざまづいたダークエルフの双子が答えた。  ここは王都、新しい主人の見つかった貴族の屋敷。部屋には男とダークエルフの三人だけであった。 「なにも、魔法を使えと言っているわけではない」 「では我々に何をせよ、というのですか?」  ブリタが男に問う。 「魔神を動かしてほしいのだよ」 「魔神を? あれは女神殿のものでは?」 「女神? 勝手にどこかにいってしまった小娘など知らん。魔神は戦力だ。なんとしても、我が軍においておかねばならぬ」 「…………」 「奪ってこいということですね」  沈黙するブリタに代わって、弟のスティーグが答えた。 「よく分かっているじゃないか。盗むのはダークエルフの得意分野だろう?」 「はっ」  相手を認めることを望んでいる。ならば、スティーグは肯定するしかなかった。 「それができれば、お前の失敗は許してやろう」 「ありがとうございます」  スティーグはうやうやしく頭を下げた。  それを見て、ブリタは密かに歯をきしませていた。 「抵抗された場合、いかがしましょうか」 「好きにしろ。もはや女神は用済みだ。今は英雄スタファンがいる」  スティーグの質問に、スタファンの副官ジャルカが答えた。 「し、しかし! 女神殿は連合軍に勝利をもたらした立役者では!?」  口を挟んだのはブリタだった。 「だから、どうした? 魔神がなければただの小娘ではないか。魔神はこちらで有効活用させてもらう」  ブリタは黙り込んでしまう。権力には逆らえない、それがダークエルフの悲しい性であった。 「スタファンやシュタルクに、でかい顔をさせんためにも魔神が必要なのだ。さあ、行け。拾った命、無駄にするな」 「はっ」  二人のダークエルフが同時に返事をした。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

47人が本棚に入れています
本棚に追加