47人が本棚に入れています
本棚に追加
アンリ
「いやはや、王都奪還がこんなにもうまくとは思いもせなんだ。さすがはスタファン殿よ」
「俺は何にも。シュタルク殿の命令に従っただけです」
司令長官であるシュタルクのおべっかを、スタファンは適当にあしらった。
政庁に司令部が置かれ、連合軍の指揮官たちが集まり、今後の方針について会議が行われていたが、ずっとこの調子でスタファンは嫌気が差していた。シュタルクはスタファンを褒めているようで、結局は自慢しているのだ。
シュタルクは有力貴族で、魔物に攻められ陥落間近の王都から脱出し、しばらく地方で逃げ回っていた。魔王軍と戦い、勝利を収めた連合軍の存在を聞いて、参陣を決めた。連合軍は地方領主の集まりであったため、中央とつながりを持つシュタルクを指令部の長として歓迎する。
口ひげをなでながら座っているその席は、グィードに暴政に抗議して殺された宰相の席であった。
「ボリス殿もそう思われるであろう?」
「はい。スタファン殿の采配は見事なものでした。しかし、シュタルク殿が思い切った決断をされたからこその成果です」
ボリスも人間と関わるようになり、すっかり処世術を心得ている。この手合いと議論しても無駄と分かっていた。
シュタルクはお世辞を言われているとはつゆ知らず、満足そうな顔でうなずいている。
「……王族殺しが」
スタファンが本音を漏らす。
「何かね、スタファン殿?」
「いいえ。何にも」
アンリを捨て駒にして、王都に奇襲を仕掛ける案を承認したのは、このシュタルクだった。
スタファンは抗議したが、受け入れられなかった。結果、王族を始め、市民など非戦闘員に多くの死者を出すことになる。
「スタファン殿、言いたいことがあるならば言ってはどうだろうか? 皆、英雄の言葉には耳を貸そう」
白々しくそんなセリフを吐いたのはボリスだった。奇襲策の提案者である。
スタファンは、戦力として魔物の力を評価していたが、初めから信用できる相手ではないと思っていた。あくまでも力を借りるだけ。信じても、頼ってもいけない。いずれ敵になると分かって接するべき。特にボリスは並の魔物ではなく、知能は人間に比肩するから、決して心を許してはならない。
今回の作戦も、結果的にうまくいったからいいものの、リスクが高すぎた。それに魔物にとってデメリットが少なく、人間側にリスクと負担が多すぎる。
「そうか。では……」
英雄の言葉を聞こうと、一同は黙ってスタファンを見る。
スタファンはゴホンと咳払いをした。
「腹の調子が悪い。今日は下がらせてもらってもよいか?」
スタファンの言葉に場が凍り付く。
英雄の発言が本気なのか、冗談なのか判別がつかず、笑っていいのか気遣っていいのか、一同は戸惑った。
「異論がないようなので、下がらせていただく」
スタファンは返事を待たず席を立った。
あまりに堂々とした行為に誰も口を挟めなかった。
「ちょっと待ったあぁーっ!!」
政庁の会議室に女性の声が響き渡る。
ドアを勢いよく開けて飛び込んできたのはアンリだった。
「誰だお前はっ!! ここをどこだと思っている! すぐに出て行け!」
シュタルクが叫ぶと、側近が耳打ちする。
「お前が? 女神?」
これまで近くにはいたはずだが、アンリは敬遠されていたため、二人が会うのはこれが初めてだった。
「これはこれは女神殿。今は重要な会議中です。お引き取り願いたい」
一応は功労者。シュタルクはアンリを罵りたいのを我慢する。
当然、少女が女神だと信じていない。むしろ、魔神という強力な力を持っていることが気にくわなかった。
そう。パレードにアンリが参加するよう仕組んだのはシュタルクだ。
「いいえ、今日こそは発言させてもらうわ」
「な……。衛兵! 女神殿をお連れしろ。迷子のご様子だ」
衛兵が形相をこわばらせ、アンリの肩をつかむ。
「手を離してもらおうか」
衛兵はぱっと手を離す。
その喉元にはナイフが突きつけられていた。
「それでいい」
メリエルだった。ゆっくりナイフを離す。
「貴様! 何をしている!! ここをどこだと思っておるのだ!!」
「あなたこそなんですか! 女神様に無礼です!!」
ドロテアが間髪入れずシュタルクに言い返した。手にはライフルを持っている。
「貴様らぁ……指令部を乗っ取る気かっ!! 少し戦功を上げたぐらいでいい気になるな! 戦争は小娘ごときが口出せるものではないぞ!」
「いい気になってるのはあなたでしょ? 都合よく王族が死んでくれて、今やあなたがナンバーワンだからね」
「な、なんだとっ!?」
アンリに本音をつかれ、シュタルクは後ずさって狼狽する。
「はじめから王族を助ける気なんてなかったんでしょ? だから、あんな無茶な作戦を容認した」
「ば、馬鹿なことを言うな!! 衛兵、曲者を連れ出せ!」
「ボリス、何か聞いてない?」
アンリは騒動を傍観していたボリスに話を振った。
「こやつに話す必要はありませんぞ!」
「ふむ。確かに、デメリットとして人質が犠牲になるかもしれないと話したが、御仁はむしろ都合がよいとおっしゃっていたな」
ボリスは顎をなでながら話す。
「ボリス殿!?」
シュタルクは同盟者のボリスにハシゴを外され、頭を抱え込む。
「ほ、ほれ! 何をしておる! こやつらを追い出すのだ!」
「は!」
衛兵がアンリたちを取り囲み、銃剣を突きつけてくる。
「抵抗したら撃ってもよい」
「し、しかし……」
衛兵も、この少女が女神であり、これまで連合軍に貢献してきたことを知っている。
バンっ!
銃声が鳴った。
緊迫した空気が走り、誰が撃ったのかとそれぞれ顔を見合わせる。
「女神さん、言いたいことは言えたのかい?」
撃ったのはブリタだった。
アンリを襲撃した双子ダークエルフの姉。
シュタルクは髪を焦がされ、青ざめている。
「まだ」
アンリは一歩進み出る。
衛兵はアンリらを恐れて、銃剣を向けながらも一歩後ろに退く。
「あなたは私を女神だと信じてる?」
シュタルクに問う。
「そ、それは……」
当然信じていない。だが、ただの少女をゲスト扱いにしている以上、女神ということにしておかないと、自分たちの立場がないのだ。
「信じてないよね。そう、私は女神じゃない」
「は?」
「だから、みんなを救うことなんてできないの。」
「女神殿、何をおっしゃるのだ?」
「それに魔神でもない。だから、仲間を犠牲にしたりなんてしない」
「お、おい……」
シュタルクにアンリの言うことはまったく理解できない。
「あなたのいいなりになる気はないってこと。これからは、私の自由にさせてもらう!」
「ふ、ふふふ……ふざけるな!! これは戦争だ! 貴様は兵士だろう! 上官に従え!」
本音が出る。女神と呼んでいても、結局都合のいい駒としか思っていない。
自分の命令通りに動いて、魔将を倒して戦功を自分の捧げてくれ、不始末があればすべてかぶってくれればいい。
シュタルクは衛兵から銃剣を奪い取る。そしてアンリに向けて、引き金に指をかけた。
「てやっ!」
銃剣が真っ二つに割れた。
目にもとまらぬ速さで、シュタルクに剣を振り下ろしたのは、双子の弟スティーグだった。
「さあ、引き上げだ」
メリエルがアンリをかばうように立ち、出口にうながす。
「そ、そうだ! こんな奴が女神のわけがない! 殺しても構わん!! 撃てええ!!」
血管が切れるのではないかと思うぐらいいきり立った声で、シュタルクは叫ぶ。
衛兵たちは顔を見合わせるが、覚悟を決めて銃口をアンリに向けた。
「あ、あー! ちょっといいかぁー!」
間の抜けた声。しかしその声量はシュタルクを上回る。
「腹痛いんで、俺、そろそろお暇しますわー」
スタファンだ。成り行きを見守っていたがついに動き出す。
アンリを囲む衛兵を押しのけて、会議室を出て行こうとする。
「ま、待て! なんのつもりだ……」
「おっと、足がすべっちまった」
スタファンは両腕を広げ、数人の衛兵にラリアットをかますように倒れる。
「スタファン……」
これにはアンリたちは目を丸くする。
どうやらもスタファンがかばってくれるようだった。
「行こう、みんな!」
ブリタとスティーグが先頭に立って、道を切り開く。そのあとをアンリが走り、ドロテアとメリエルが護衛につく。
「逃がすなー! 殺せ殺せーっ!!」
政庁の宮殿にシュタルクの声が響き渡る。
しかし、衛兵は誰もアンリたちのあとを追わなかった。
アンリはウルリカに来ていた。
自分が女神として召喚された地である。
村はボリスとの戦いで半壊している。ほとんどが兵士として王都にいるため、老人や子供がわずかに暮らしていた。
「とりあえず戻ってきたけど、帰れるわけじゃないか」
帰るとは元の世界のことである。
自分が召喚されたのには、少なからず魔神が関係しているはず。何か手がかりでもあればと思い、魔神に乗って呼び出された場所に来てみたが、特に収穫は得られなかった。
「アスカ、大丈夫かな……」
しばらく会っていない家族のことも心配だったが、自殺しようとしていたアスカのことが一番気にかかる。
「もし、この世界にいるのなら……」
アンリは己の手を見る。
「今度は絶対に助ける」
アスカの手をつかみ、そのまま引っ張られてしまった手。今度は引き寄せてみえる。
アンリは手を固く握った。
「女神様! 食べ物を確保できましたー!」
ドロテアが手を振って走ってくる。
満面の笑顔は久しぶりに見た気がする。戦争が始まり、ドロテアの心はずっと張り詰めていた。ここはドロテアの故郷、帰ってきたのがプラスに働いているのだろう。
「女神はやめて、って言ったじゃない」
「嫌です! 女神様は女神様ですから!」
屈託のない笑顔に、その物言い。アンリも照れてしまう。
「ああ、久しぶりにいい狩りだった」
大きな鹿を担いだメリエルが現れ、アンリはぎょっとする。
「それ食べるの……?」
「ああ、うまいぞ」
自分の故郷は遙か遠く。しかし、今の居場所はここだと実感できる。
誰一人知り合いのいないこの世界、彼女たちが自分を結びつけてくれる。
答えもない。救済もない。女神もいない。しかし魔神はいる。
できることは多くはないが、望まれているならば戦おう、助けられるものは救おう。
女神でもなく、魔神でもなく、ただのアンリとして。
「じゃ、みんなで食べよっか」
アンリは二人に手を差し出した。
「人間よりダークエルフのほう魔力があると聞くが」
男が尋ねた。
「そう言われております」
「しかし、魔法を使えるわけではありません」
床にひざまづいたダークエルフの双子が答えた。
ここは王都、新しい主人の見つかった貴族の屋敷。部屋には男とダークエルフの三人だけであった。
「なにも、魔法を使えと言っているわけではない」
「では我々に何をせよ、というのですか?」
ブリタが男に問う。
「魔神を動かしてほしいのだよ」
「魔神を? あれは女神殿のものでは?」
「女神? 勝手にどこかにいってしまった小娘など知らん。魔神は戦力だ。なんとしても、我が軍においておかねばならぬ」
「…………」
「奪ってこいということですね」
沈黙するブリタに代わって、弟のスティーグが答えた。
「よく分かっているじゃないか。盗むのはダークエルフの得意分野だろう?」
「はっ」
相手を認めることを望んでいる。ならば、スティーグは肯定するしかなかった。
「それができれば、お前の失敗は許してやろう」
「ありがとうございます」
スティーグはうやうやしく頭を下げた。
それを見て、ブリタは密かに歯をきしませていた。
「抵抗された場合、いかがしましょうか」
「好きにしろ。もはや女神は用済みだ。今は英雄スタファンがいる」
スティーグの質問に、スタファンの副官ジャルカが答えた。
「し、しかし! 女神殿は連合軍に勝利をもたらした立役者では!?」
口を挟んだのはブリタだった。
「だから、どうした? 魔神がなければただの小娘ではないか。魔神はこちらで有効活用させてもらう」
ブリタは黙り込んでしまう。権力には逆らえない、それがダークエルフの悲しい性であった。
「スタファンやシュタルクに、でかい顔をさせんためにも魔神が必要なのだ。さあ、行け。拾った命、無駄にするな」
「はっ」
二人のダークエルフが同時に返事をした。
最初のコメントを投稿しよう!