1 預言

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1 預言

 食事をしに蔦に覆われた屋敷に入り込んだ。手入れもいい加減で伸び放題の草まみれの庭内を抜け、いつものように開いた窓から室内へ。  ふたりの中年の女がテーブルで水晶玉を凝視していたり、厚みのある本を読んでいる。こちらをチラリと一瞥しただけで、自分の作業に戻った。  私はこの屋敷の飼い猫ではない。だが、ここに来ると食事が用意されているので、お腹が空いたら食べに来てやるだけだ。  彼女たちがカリカリと呼んでいる茶色い粒を堪能しつつ、横のミルクも舐める。 「クロ。アンタを助けてくれた女の子を憶えている?」  水晶玉を見つつ、女が声をかけてきた。自称預言者と名乗るだけあって、的中率はなかなかのものがある。でも、変な女だ。  ちなみに、クロというのは私の名前である。野良猫で全身が黒い毛で覆われているからクロ。なんとも安直なものだ。……えーっと、危うく車に轢かれかけたときのことか。一応憶えてはいるから、ニャーと鳴いてやる。 「女子高生よね? 困っている人や動物を助けてあげる。すごくいい子」  魔法使いも乗ってくる。 「そう。その子ね、今日死んじゃうのよ」 「え!?」  魔法使いが本を机に叩きつけ、大げさに驚く。  私はカリカリをかじる口を止め、預言者をにらみつける。奴は悠然と視線を受け止めた。 「アンタはあの子のおかげで、助かったんだよね」  あのころは子どもだった。ネズミを追いかけるのに夢中で、道の真ん中に飛び出してしまった。そこにトラックがクラクションを鳴らしてツッコんで来た。動物の子どもってのは不注意というか本能で動くからな。 「まだ18歳よ。残念よね。人生これからってときに。せっかく、人間として生を受けたというのに……」  人間は不思議な生き物だ。脳と心が発達しているから、猫や犬やその他の動物からしてみれば不可解な行動が多い。まどろっこしいというか遠回り的なことをする。  人間に興味はあるけど、生まれ変わって人間になったとして、うまく立ち回っていけるのだろうか。  ……それにしても、私を直視し続ける預言者から狂気しか感じない。その子に対してかわいそうだと同情してほしいのだろうが、まったく以って逆効果だった。  確かにかわいそうだ。だけど、それは仕方ないことだと思う。その子の命運が今日尽きるだけ。どんな生物でも生まれれば必ず死ぬ。ただ、遅いか早いか、知ってるか知らないのかの違いだけだ。 「それで、その子はどんなふうに死んでしまうの?」  魔法使いが泣きそうな声で尋ねている。 「猫を助けようとして、トラックに轢かれる。体の打ち所が悪くて即死だって」  年端もいかない仔猫だろう。あいつらはすぐに暴走する。まあ、女の子も自分の命を大切にしないのが悪い。死んでしまえば終わりだし、トラックが止まってくれるとでも思ったのか。  だが私の場合、女の子に助けられる運命があって、こうして生きながらえている。だからもし、私が女の子を助ける運命があるとすれば、恩返しの意味も含めて救いたいと思う。恩知らずにはなりたくない。  だけどどうやって?   トラックに轢かれかける女の子を、体当たりして突き飛ばせばいいのか。猫が人間を? 体格差があるすぎて不可能。  さりげなく目の前に出てうろちょろしつつ、トラックが来ない辺りまで誘導してみるとか? それより、付き合ってくれるノリのいい人間なんだろうか? 途中でどこかへ行ってしまうかもしれない。これも無理だ。  仔猫を女の子と接触させない。私が仔猫を捕まえればいい。どんな猫か知らないが、縄張りのボスの仔猫だったら大変なことになる。ただの誘拐だ。そうなったら、ネズミや小鳥をいくつ献上しなきゃならないのか見当もつかない。却下。 「しっぽを小刻み振ってるってことは、アンタも助ける気になったのね」  預言者の言い方が癪に障り、威嚇の格好で応えた。 「まさに予言通りに事が運びそうね」  魔法使いが預言者に微笑みかけている。  なんなんだ? このオバサンふたりは何を企んでいる? 「実は今日のエサの中に、一定時間人間になれる薬を振りかけておいたのよ♪」  魔法使いがとんでもないことをほざいた。 「そろそろ眠くなってくるはず。次に目覚めるころには――」 * * *
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