3人が本棚に入れています
本棚に追加
3 救出作戦
私は今、死に物狂いで走っている。
事故現場となる場所は屋敷から遠く離れていたが、そこは魔法使い。ワープの魔法で一瞬にして現場に到着――とはならず、数百メートルの誤差の地点に降臨してしまった。片耳につけたインカムからひたすら謝罪の声がするけど、無視を決め込んだ。
女の子の匂いの記憶を脳から必死に引き出しつつ、似たような光景が続く住宅街を駆け巡る。幸い運動能力は良いところ引き継いでいるみたいで、人間離れしたスピードで現場に到着できた。2本足で走るのも悪くないし、息切れもそこまでない。
そして、今まさに女の子が道の真ん中に飛び出す瞬間だった。どうして飛び出すのか。その先を目で追ってみると、キジトラの仔猫が迫り来るトラックに驚いて固まっているのが見えた。
嫌な予感が的中。間違いなく、この近辺のボスであるトラジローの子どものチャチャだ。産まれてそう経っていないかわいい雌猫で、私が産んだわけではないのに、よく懐いているから死なせたくない。何より、とばっちりもそうだが、悲嘆に暮れたトラジローを見たくなかった。
女の子がチャチャを守るように抱えたはいいものの、逃げずに立ち尽くしてしまう。クラクションとブレーキの音が、死へ誘う残酷な音色として一帯に鳴り響く。
私は駆け出した。距離にして50メートルあるかないか。3秒もしないうちに女の子を引っ掴み、私が下になるように向こう側へ倒れ込んだ。
なんとか間一髪で間に合い、ひとりと一匹の命を救えた。
「バカヤロ―――ッ! 気ィつけろ!!!」
当然のごとく、トラックの運転手が窓を開け、顔を真っ赤にして怒鳴っている。私は女の子を丁寧に横に置いてから、平謝りをした。
「すみません、すみません! 今度から気をつけます!」
「あったりめェだ、バーッカ野郎!!!」
運転手が捨て台詞を吐き、トラックを走らせていった。とりあえず、危機は去った。そう思うと、急に力が抜けてその場にへたり込んでしまう。
「あの、本当にありがとうございました! 貴女は命の恩人です!」
女の子が涙を流しながら私の手を取り、頭を下げている。そんな女の子の頭を撫でつつ、抱き締めてやった。
「いいのよ。私のほうがお礼を言いたいわ。チャチャを助けてもらってありがとう。実は私、貴女に数年前助けてもらった黒猫なの」
……なんて言えるはずもなく、女の子が落ち着くまで待った。
「そういえば、キジトラちゃんは……?」
やがて吐き出された女の子の疑問に答えるように、幼いながらも空気を読んでいたチャチャが私の肩に乗っかってきた。今まで女の子の脚に顔を擦りつけていたんだけど、気づかなかったのか? チャチャのやつ今度は私の頬に顔を擦りつけている。
「貴女のお名前を聞いてもいいですか?」
「私はクロだ」
「黒田(くろだ)さんですね! あたしは建部(たけべ)美緒(みお)って言います!」
なんか勘違いされているみたいだけど、まあいいか。
「黒田さんって全体的にカッコいいですよね。全身黒ずくめなのに、ゴールドのカラコンを入れているなんて。発想が日本人離れしてます!」
そのとき美緒のスマホが鳴った。表情が一転して焦りに変わり、バッと立ち上がった。
「ごめんなさい黒田さん。もっとお話ししたかったんですけど、あたしバイトに遅刻してて……。あと5分で来ないと、店長が減給するって……」
「それは大変だ。早く行きなさい」
「あ、最後に通話アプリのIDか電話番号を教えてもらってもいいですか!?」
「すまない、スマホを家に忘れてきてしまって……」
「そうなんですか……」
しゅんとなる美緒の背中をそっと押しつつ言った。
「またそのうち逢えるさ。この仔は私が預かっておくから」
美緒は笑顔でもう一度お礼を言い、バイト先へと駆け出して行った。
「……まったく、車には気をつけろって言ったろ」
人差し指で軽くチャチャの腹を何度か押す。チャチャは小さく鳴いただけで、肩で寝始めた。しょうがないから片手で押さえつつ、魔法使いたちの屋敷に戻ろうとした。
「終わったみたいだけど、大丈夫? 上手くいった?」
インカムに魔法使いの心配する声が流れてきた。
「間一髪だったけど、間に合ったよ。今から一匹連れて行くから、ミルクでも出してやってくれないか」
「仔猫ちゃんが来るの!? わかったわ! マッハで調達してくる!!」
「頼んだ」
「あ、そうそう。預言者ちゃんが言ってたんだけど、クロがウチに来る道すがら、プリンを買ってくる預言が出ているんだって」
「それってただのお使いを頼んでいるだけでしょ。私、お金なんて持ってないし」
「内ポケットに一万円入っているから、それを使ってちょうだいだって」
通信が途切れる。内ポケットをまさぐってみると、裸の一万円札があった。
まったく、ちゃっかりしてるよな。私のような猫を人助けついでにパシリに使うだなんて、とんだ魔法使いと預言者だ。
「私たちの好きな物も買ってやるか」
チャチャは薄目を開けて、半分寝ぼけながらニャーと鳴く。ペロッと私の首を舐め、また眠りに落ちた。
最初のコメントを投稿しよう!