1.ニート初日

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1.ニート初日

 草の匂いがした。遠い昔によく嗅いだ青い香りが立ち上る。  目を開けると外だった。見渡す限りの星空が広がる様を眺めながら、光(ひかる)はこれが夢であることを悟る。何年も酷使し続けた光の目には夜空の星などとうに映らない。プラネタリウムでも拝んだことのないこんな光景を裸眼で堪能できるはずもなかった。頭を動かすと嫌な感触がした。どうやら地面に直接寝っ転がっているらしい。  再び目を閉じてため息を漏らす。頭皮に染みるこの冷たさは夜露か、泥か。あまり考えたくない二択だった。 「あのー……おはようございます」  幼い声。完全なる不意打ちに光は固まる。近づいてくる音も気配もなかった。先ほどからずっと傍にいたのかもしれない。恐る恐る目を向ける。  そこにいたのは少年だった。ひょろりと痩せた体を折り曲げ光の顔を覗き込んでいる。ぱっちりとした大きな目はきらきらと輝いていて夜に似つかわしくない朗らかさを放つ。光が体を起こし胡座をかくと、少年はその場に体育座りをした。黙ってにこにこ見つめる視線に耐えかねて、彼女は渋々口を開いた。 「ずっとそこにいたの?」 「うん」 「起こしてくれればよかったのに」 「ごめんなさい」 いや、ごめんなさいじゃなくて。何故か落ち込んだ様子の彼は、光のため息を聞くとますますその小さな体を縮こまらせた。いやいや、君が落ち込む必要どこにもないけれど。 「君、名前は?」 「名前……」 今度は難しそうに考え込んでしまう。何だか苛めているような気分になってきた光はぽんぽんと少年の頭を撫でた。 「ごめんって。えーっと、なんでそこにいたの?」 「お話!」 「お話?」 「お話してください」 「……何の?」  まさかお伽噺をねだられているのか。眉間に皺が寄る。生憎その類いには一切自信がない。しかし少年は予想に反してにっこり笑いながら言った。
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