先生

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掃除が終わった後、 「先生!見つけた!」 真理子が大きな声で言いながら持ってきた。 その手には探していた赤白帽子。 受け取って確認する。 赤白帽子に書かれたはずの妙子の名前はマジックで塗りつぶされていた。 思わず眉をしかめる。 「こんなことする人がいるなんて、ひどい!」 真理子が大きな声で叫ぶ。そうだな、と返事をして、心の中で少し黙っていて欲しいと願った。ほら、真理子が大きな声を出すから、その声を聞いて妙子が心配そうにこちらを見てきた。だから、彼女には見えないように名前を内側に隠した。 「見つかったんですね」 「ああ」 「でも、どうしたの……私の帽子」 本当の表情は隠して、にっこりと笑いかけた。 「大丈夫だ。ちょっと待ってな」 「先生、犯人探さないと!私みんなに聞いてこようか?」 「いやいや、ちょっとまて。大丈夫だ」 勢いよく子どもたちの集団の中心へ飛び込もうとした真理子の腕をつかんで止める。彼女は正義感は強いが、少々おせっかいなところがある。子どもの判断で勝手になにかされてはたまったものではない。 「真理子、ありがとう。でもここは先生に任せてくれないか?」 優し気な表情をしてやると真理子もようやく、わかったといって立ち止まった。 教壇に立ち、掃除が終わったあとの児童たちに向かって言う。 「みんな、ちょっと聞いてくれ」 クラスメイト32人の視線が一斉に集まる。ざわざわとしていた教室が静かになるのを待って、俺は言った。 「掃除が終わった後は体育だったが、ちょっと緊急事態だ。先生は職員室に行ってくるから、自習しててくれ」 「えー」 「わかったー」 「体育したかったのに」 「何があったの?先生」 ピヨピヨと小鳥の鳴き声のようにあっちから、こっちから様々な声が聞こえてくる。 各々言いたいことはあるだろうが、全てにかまっている暇はない。適当にいなして席に座らせた。 子どもたちにとって、自習はよくあることだ。昼休みに誰かが喧嘩しただとかなにか事件があった時に教師は廊下で当該児童から事情を聞くことがある。もちろん普段の授業の時間に事情聴取の時間、なんてものはないので他の児童にとっての授業時間を奪ってしまうことになる。 その時間待っている子どもたちは読書をしたり、自由帳に絵を描いたり、終わっていないドリルを進めたり静かに教師が帰ってくるのを待つ。 正直、学習時間を奪っているのは心が痛い。しかし、子どもというのは問題が起こったその場で話を聞かないと忘れてしまうし、問題をそのままにしてしまうと放課後に保護者からクレームがきたりする。教師という仕事は授業をするだけではない。子どもたちの人間関係の世話をして、保護者のクレームの対応をして、その上で学力差のある子どもたちに勉強を教えていく仕事なのだ。 やることが多すぎてブラックと言われているが、昔よりはましになった。少しはホワイト企業に近づいたのではないかと思う。
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