熟した黄色は爆発す

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熟した黄色は爆発す

「百花さん。おはよう」 「だから、さん付けじゃなくていいって!」 「えっと……百花ちゃん」 「それで良し!」 そして笑う、百花さん。名前みたいに、百の花がいっせいに咲くように。なにか、まぶしい時みたいに、目がきゅっと細くなっている。ちょっと頬にあるそばかすが、ばらまいた星のようだな、とわたしは思う。わたしたちのすんでいる小さな村は、いつも星がきれいだった。本人は、なんか英語の教科書にでてくる挿絵みたいでやだな、と言っていたけど。その話を聞いてから、わたしは外国の少女の挿絵を見るたびに似ていないな、と不思議だった。だって百花さんはあんなに口を大きくあけないもの。 「また、それ、飲んでるんだ」 「むちゃくちゃに美味しいからね。これ」 「わたし飲んだことないや。どこで売ってるのかも知らないし」 「え、あの三駅隣のコンビニにあるよ。電車が一時間に一本しかないから貴重なんだけどさ……一口あげる!」 ぽん、とメローイエローを手渡される。戸惑いながら、そう、あくまで味に懐疑的なフリをしながら、一口のんだ。 「どう、どう?」 「……おいしい」 「やった! 布教成功!」 とっくにわたしは信仰してるんだけどな、と震えるくちびるで言いたくて仕方なかった。でもそんなこと言っても仕方ないし、わたしは百花さんとは隣の席になった地味な子に過ぎない。百花さんには友達がたくさんいた。当たり前だった。だってあんなにキラキラした目をしたひとは、他にいないもの。夜空の星を大きな網ですくったみたいに、幾千幾億のひかりが黒目には宿っていた。みんな、それに導かれるように吸い寄せられていく。そしてみんな、幸せになる。――はずだった。しかし彼女がバスケの試合でわざと相手に怪我をさせた、なんて噂は、青い絵の具が溶けていくように、村という水槽のなかであっという間に広がっていったのだ。 「百花さん」 「えっ! あ、あっと、久しぶり」 「久しぶり。えっと……ごめんね、わたし」 「なんで、なんで橘さんが謝るの。ちがうの。ちがう。ずっと、ずっと謝りたかった! ごめんなさい、あたしを庇ったせいで、皆――」 「ううん。わたしも、ごめん。ずっと、会いたかった。ずっと。探してた、不安だった、百花さんの目から星が居なくなっちゃう前に、どうしても会いたかった」 百花さんは困ったような、ちょっと泣きそうな顔でわたしを見た。目の中には、まだちょっとだけきらきらがあった。でも、閉じたピアノみたいな黒だった。 「……学校、まだ、きついかな」 「う、うん。まだちょっと、行きたくない」 「でもわたし、わたしがいるよ、わたしはいつでも味方だから。わたしは百花さんを……」 「ありがとう。でも、まだ行きたくないの」 その瞬間、わたしの中の血液がすべて沸騰した。ずっと隠していた化け物が、わたしからメリリと出てきて、産声をあげた。 百花さんは、赤く腫れた頬をおさえて、こちらを見ていた。きらきらは、もう無かった。わたしはワアアと声をあげながら走った。緑が生えたみちを、走った。途中、何人もがわたしを見ていた。化け物を見る目だった。走っても、走っても、足りなかった。行く場所なんかなかった。やがて太陽は消え、月がぽかんと出ていた。わたしは、スクールバッグにはいった、飲みかけのメローイエローをゴミ箱にすてた。ガゴン、という音を立てて、初恋はゴミのなかへと落ちていった。熟した黄色の果実は、檸檬だから。檸檬だから、そう。すべて壊してしまえ、この村も、学校も、わたしのことも。そんなことを願ったけれど、何一つ変わらないまま、夜は濃度を増していった。わたしはその重さに耐えきれずに、あぜ道にしゃがみこんで、ずっとずっと、蝉の声を聞いていた。
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