時を閉じ込めた時計

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「ほんと、悠くんはいっつも遅刻だね」 普段は遅刻なんてしないのに、大事な時に限ってトラブルに巻き込まれる。それが濱田悠人(はまだ ゆうと)の残念なところだ。 待ち合わせのカフェで、私は抹茶のシフォンケーキの最後の一口をつつきながら、はぁはぁと肩で息をする悠くんに嫌味な口調でそう言った。 「ごめん、真姫(まき)ちゃん。お隣のおじいちゃんが帰り道が分からなくて困ってて」 「いいよ、人助けしたんだもん。映画はまた今度にしよ」 悠くんちのお隣のおじいちゃん認知症で時々迷子になる。何故かよく見つけるのが悠くんで、その度にお家に連れていってあげてるんだよね。 「えっと、でもあの映画今日が最終日……」 「ウソ!? 映画館で観たかったのにぃ」 「……ごめん」 子犬みたいに項垂れる悠くん。本当はわたしより楽しみにしてたのに。仕方ないからわたしが代わりに大袈裟に残念がっておく。ん? これって慰めになるのかな? その後も頑張って電話しまくって手に入れたライブのチケット。 悠くんのお人好しが災いして遅刻。ライブ会場に入れなかったんだよね。 どんなに家を早く出ても、悠くんの前にはいつも困った人が現れる。 鍵を車に閉じ込めちゃったおばさん、犬の散歩中に転んで怪我しちゃった男の子。 悠くんの人生のほとんどは、誰かの困り事を助けてあげるために使われている。 「悠くん、見てみて。あの人お財布置き忘れてる。店員さん気付いてたのに、追いかけてあげればいいのにね」 ほとんどの人は自分の時間を誰かの為に使ったりしないんだよ。見て見ぬふりしてるんだよ。わたしはそう言いたかっただけなのに、悠くんはわたしの言葉を最後まで聞かずに走って行っちゃった。 そしてまた息をきらせて帰ってくる。 「ごめん、おまたせ」 先に気付いたわたしが何もしなかったのに、悠くんはわたしを責めたりしない。だから自分で自分のことが嫌になっちゃうよ。 むくれて唇を噛んだわたしの目の前で、悠くんの喉から変な声が出た。 スローモーションみたいに、悠くんの体がゆっくりと前に傾いて。 テーブルの上のカップやお皿が大きな音を立てた。 体を折り曲げて床の上で苦しげな呼吸を繰り返す悠くん。 「悠くん……? 悠くん!!」 揺すっても呼びかけても反応がない。 突然の出来事に、救急車とかそんなの全然どうしていいか分からない。 わたしは何もできずに誰かが助けてくれるのを待っていた。 いつだって私は待っていただけだった。
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