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まるで自分が透明人間になったかのような錯覚を起こす。
彼の場合、嫌いな相手だから無視するとか、そうしたレベルではまるで無かった。彼に私の存在はまるで視えていない。きっと気配さえも感じてはいないのだろう。気に留める素振りがまるで無いのだ。
「凄いね。君には私が空気に見えるんだね」
皮肉では無く、驚きが口を吐く。
それでも飽きもせずに独り言を零しながら、私はひたすらにケン君の後を追っていた。それが今日の私の任務だからだ。
「君はまるで寂しくないんだね」
一人でいることに何ら戸惑いも、躊躇いも無い。
「……家族にもそうなの?」
もし、そうであるならば、私は彼のご家族に同情してしまう。彼の心に寄り添いたいと願う者は、その想いが彼に届くことはあるのだろうか?
少なくとも彼の世界に私は存在していない。
「ねぇ、ケン君。見て、見てっ!楽しいよ、これ」
ロープを掴んでターザンのように滑車を滑る。
「きゃー」
わざとはしゃぎ声を上げたが、彼は見向きもしなかった。滑車がロープを滑る風切り音にも興味は湧かないようで、彼は単独行動という自分のルールを曲げない。
「恥ずかしいことさせないでよ……」
いい大人が独りで騒いで莫迦みたいだと、酷く虚しくなった。
彼に触れて、彼が私を意識せざるを得なくなったら、彼は私の存在を気に掛けるのだろうか?
「ねぇ、皆のいるところに行ってみない?」
彼の手を掴んで試みようとするも、素気無く逃げられてしまう。うざいという表情さえ引き出せないことに小さく嘆息して、振り返る。
「ねぇ、ケン――」
私は目を瞠った。
「だ、駄目ッ!!!」
森の奥へ入ろうとしていた彼に、私は初めて声を荒げていた。
(あ、反応した)
明らかに肩を震わせて、ケン君は立ち止まる。
「駄目って言葉には反応するのね……」
きっと、彼のお母さんやお父さんが彼にたくさん示して来た言葉だったのだろう。危険が彼に及ばないように、ずっと伝え続けて来た言葉に違いない。
「君のこと、少しだけわかったよ。君は愛されて来たんだね」
そっと彼の肩に手を掛け、あっちに戻ろう?と、促した。
彼に触れて気づく。
彼は他人を拒絶している訳では無い。
他人を求めていないのかもしれないけれど、他人に怯えているわけでは無いと知る。
(ふぅん、私とは違う訳ね……)
私はその実で求めているくせに、他人に怯えている。意識的に決して深入りしない位置をキープしている。
『お前はよく見ているくせに、知り合おうとはしないんだな』
以前に先輩は私をそう評した。言い得て妙な言葉だと思ったものだ。
これまでの経験に、大それた何かがあった訳ではない。大それた何かを恐れて、息の詰まるような中学時代を送った結果に、今のスタンスが出来上がっただけだ。
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