フォレストガンプの夏

6/6
前へ
/6ページ
次へ
「おう、お疲れ。どうだった?」 続々と親に迎えられる子供たちを遠目に眺めていた私に、先輩が声を掛けて来た。 「ケン君にとって、私は空気みたいなものだったので、少し悔しくなりましたかね」 「ふぅん、なら次は昇格できるよう頑張れば?」 にやついた顔で、私を見下ろしてくる。先輩ならば、彼に認知されているのだろうか? (いやいや、それよりも次って?) そうは思うが、無償労働は懲り懲りだ――とまでは、不思議と思わなかった。 「彼の眼中に入りたいなら、一回こっきりじゃあダメってことは分かりましたよ」 その時、ケン君のお母さんが迎えに現れる。 「あ……」 ケン君は満面の笑みを覗かせて、お母さんの腕の中に飛び込んでしまう。 「ふふっ……くっくっく」 思わず私は笑ってしまう。 「おい、何だよ」 訝しんで先輩が私の腕を小突いた。 「いえ、ケン君にとってもお母さんは特別みたいで安心しただけです」 「はぁ?当ったり前だろう?」 先輩は心底呆れた声を上げたが、それはきっとお母さんの努力の賜物だと、私には感慨深かった。 「ええ。自由人も母親の前では、ただの甘えん坊の小学生ですね」 悔しいなど、きっとおこがましいにも程がある。ケン君は私のような人間を、これまで何人も通過してきたのだろう。 「少しはお母さんのお役に立てましたかね」 「ああ。あの笑顔が全てなんじゃないの?」 お母さんはケン君をハグしながら、私たちに笑顔を向けてくれた。 「ケン君、ね。バイバイ」 相変わらず素知らぬ顔の彼に、私は負けまいと笑顔を向けた。 「ぶっふっ、くっくっく。負けず嫌い……」 今度は隣で先輩の方が吹き出した。 「まぁ、ちょっとや、そっとじゃあ、へこたれないのが私ですから」 そっと睨んで黙らせる。 「そっ、クールそうで熱いのがお前だよ。そういうとこ、俺は好きだけどな」 「どうも」 薄情な人間と宣っておきながらどの口が言うかと、睥睨する。 「んじゃ、今日はお疲れさんってことで、飲みにでも行くか?」 まるで気にした素振りも無く、先輩は私の頭を鷲掴んで揺さぶった。 「奢りなら喜んでお供しますよ」 一転して私はニヒルな笑顔を向ける。 「阿保か。苦学生相手にたかるなよ。割り勘に決まってるだろう?」 「へぇ、へぇ。まぁ、そうですよね。最初の一杯だけで手を打ちますよ」 「くわぁ、マジ守銭奴」 「はい。それもとっくにご存知では?」 ひと夏の思い出としては、上々の滑り出しだと私は微笑んでいた。 fin.
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加