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「おう、お疲れ。どうだった?」
続々と親に迎えられる子供たちを遠目に眺めていた私に、先輩が声を掛けて来た。
「ケン君にとって、私は空気みたいなものだったので、少し悔しくなりましたかね」
「ふぅん、なら次は昇格できるよう頑張れば?」
にやついた顔で、私を見下ろしてくる。先輩ならば、彼に認知されているのだろうか?
(いやいや、それよりも次って?)
そうは思うが、無償労働は懲り懲りだ――とまでは、不思議と思わなかった。
「彼の眼中に入りたいなら、一回こっきりじゃあダメってことは分かりましたよ」
その時、ケン君のお母さんが迎えに現れる。
「あ……」
ケン君は満面の笑みを覗かせて、お母さんの腕の中に飛び込んでしまう。
「ふふっ……くっくっく」
思わず私は笑ってしまう。
「おい、何だよ」
訝しんで先輩が私の腕を小突いた。
「いえ、ケン君にとってもお母さんは特別みたいで安心しただけです」
「はぁ?当ったり前だろう?」
先輩は心底呆れた声を上げたが、それはきっとお母さんの努力の賜物だと、私には感慨深かった。
「ええ。自由人も母親の前では、ただの甘えん坊の小学生ですね」
悔しいなど、きっとおこがましいにも程がある。ケン君は私のような人間を、これまで何人も通過してきたのだろう。
「少しはお母さんのお役に立てましたかね」
「ああ。あの笑顔が全てなんじゃないの?」
お母さんはケン君をハグしながら、私たちに笑顔を向けてくれた。
「ケン君、またね。バイバイ」
相変わらず素知らぬ顔の彼に、私は負けまいと笑顔を向けた。
「ぶっふっ、くっくっく。負けず嫌い……」
今度は隣で先輩の方が吹き出した。
「まぁ、ちょっとや、そっとじゃあ、へこたれないのが私ですから」
そっと睨んで黙らせる。
「そっ、クールそうで熱いのがお前だよ。そういうとこ、俺は好きだけどな」
「どうも」
薄情な人間と宣っておきながらどの口が言うかと、睥睨する。
「んじゃ、今日はお疲れさんってことで、飲みにでも行くか?」
まるで気にした素振りも無く、先輩は私の頭を鷲掴んで揺さぶった。
「奢りなら喜んでお供しますよ」
一転して私はニヒルな笑顔を向ける。
「阿保か。苦学生相手にたかるなよ。割り勘に決まってるだろう?」
「へぇ、へぇ。まぁ、そうですよね。最初の一杯だけで手を打ちますよ」
「くわぁ、マジ守銭奴」
「はい。それもとっくにご存知では?」
ひと夏の思い出としては、上々の滑り出しだと私は微笑んでいた。
fin.
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