習慣

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 地下鉄の黒い窓に自分の顔が映る。ふと今日の出来事を思い出し、表情がさらに暗くなった。  「胸が苦しい」  右手をげんこつにして、心臓辺りを擦る。鼓動が早くなってきているのがわかる。体中が緊張していた。前の若い女性連れの揺れるスカート、そこから延びる脚の方に視線を落とすが、彼女らの笑い声が耳につく。「・・・ドジだよねー、信じらんない」という言葉がまるで自分に向けられたような気がし、最寄り駅でもないのに、慌てて降りてしまった。  フラフラしながらベンチに座る。はぁはぁ、と呼吸が早い。それにしてもいつからこんなに過敏になったのだろう。  「店長が変わってから?」  川村愛菜佳(まなか)は服飾関係の仕事をしている。もともと引っ込み思案な性格で、明るいとか元気という要素からは縁遠かった。しかし反面、丁寧で慎ましく柔らかい印象で親しみを持たれる方だ。  「誰、この組み合わせにしたの」  店頭に並ばせているマネキンのコーディネートのことを、店長が言い出した。「誰なの?ね、誰」そう口をとがらせながら、パンツの色を変えた。  「あの店長、私です。すみません」  「川村さんがコーデしたの、やっぱり」  「え?」  これはスタッフで相談して決めたはずだった。そしてそれを着せたのが、愛菜佳だ。  「ほら、お客さん!」と小声で言われ、その場を離れたものの腑に落ちない。推しはこの色だと、それでコーディネートしたはずなのに。  同僚が「ご機嫌ナナメだねー、ほっとこ」と耳打ちしてくれたが、それからというものの、「川村さん」と店長に呼ばれる度に、緊張するようになっていった。店長が横にいると、接客もオドオドしてしまう、案の定「もっと積極的にならなきゃ、あなたがビクビクしてたらお客さんだって買う気失せるでしょ」と言われた。どうも愛菜佳をターゲットにしているようで、同僚たちには普通の態度だった。ある時は「そのワンピ、あなたが着るとイマイチね」と細い目を向けられた。  ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ・・・  血の気が引き、鼓動が早まるのを感じた。
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