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人形遊び
俺の趣味は人形集めだ。
――おい、引くんじゃねぇぜ。別にいいだろ。
美しい絵画や彫刻等の芸術作品を収集し、自宅に飾って眺める。やってることはそれと大差ねぇんだ。
それに俺の集める人形は、自分で言うのもなんだがとびきり美しい。まぁ俺好みってやつだけどな。
絹のような手触りのサラサラとした金髪に、青く澄んだ湖のような瞳。
すっ、と高くほんの少し上を向いた鼻はチャーミングで、唇はふっくら分厚めがセクシーだ。
ちなみにボディは丸みがあって、肉付きの良い方が良い。
華奢で骨ばったタイプやら、ペタンと薄いのが好きな奴もいるが。ありゃあ俺には少し理解できなかった。
――ところで、お前の好みはどんなのだ。やっぱり細いのが好きか。それとも肉感的なのか。瞳の色は? 髪の色も大事だな。
ふむ。まぁ無難な感じだな。
さて。
美しい人形を集める為には、美しいパーツを見極めなきゃならねぇ。
それが一番難しく重要な事な訳だが。これはさすがの俺も骨が折れる。
俺の理想を満たす【完璧なパーツ】に出会えるのはほとんど奇跡、いや運命の出会いに近いのかもしれない。
最初は俺も躍起になって探したさ。
でも探せば探すほど遠ざかる。理想が高くなるのか、思い描いた美しいパーツが揃わねぇんだ。
更に問題は、パーツの善し悪しだけじゃない。そのバランスも重要でな。
『あれが違う』『ここが駄目だ』と溜息をつきながら、延々と合わないパズルのピースを嵌め続けるのは辛くなってくる。
趣味が義務になって、苦痛になるなんて本末転倒だと思わないか。
――そこで、だ。
俺は考え方を変える事にした。
【無ければ寄せ集めれば良い】と。
今までは完成品を探し求めていた俺が、ついに【収集家から作家】になった瞬間だった。
俺の理想の欠片を集めて、ひとつの【作品】に落とし込む作業はそりゃもう楽しいものだ。
今まで既存のモノばかりを集めていたのが嘘みたいに美しいパーツが目に入る。それらを丁寧に切り取って、手早く人形にしていく。
青い瞳も、柔らかな唇も形の良い鼻も。全て好きな所を好きなだけ使えばいい。
――それで俺は数体の人形を作った。完璧だった。そう、完全な美というやつがこの手の中に。
しかしそれも欠点がある。
長持ちしないのだ。
すぐに褪せて熟して腐り崩れてしまう。それがたまらなく悲しかった。
儚さに宿る美しさも感じてはいたが、やはり俺はできるだけ長く手元に置いていたいのだ。
そんな時、出会った。
不完全でいて、完璧。そんな【人形】に。
俺の好みとはまるで見当違いでな。
髪は短くて黒いし、瞳もアジア人特有のブラウン。
鼻筋は形よく通っているが上は向いていない。さらに唇なんて薄くて、全然色っぽくない。
スタイルだって酷いものだ。やたら薄くて華奢で、骨ばっていて凸凹の少ない身体は脂肪が少なそうだ。
――それなのに何故だ。俺はその【人形】に惹かれて仕方がねぇ。
その細い腕を掴んで捻り上げてやりたいし、薄い胸にようやく触れるだけの飾りを指で何度も引っ掻いたり抓ったり、摘み上げたりしてみたい。
甘噛みも楽しそうだ。
さらに肉付きの悪い尻を強引に割開いて、たっぷり蹂躙してやるのも良い。
悲鳴のひとつでも上げれば、俺の機嫌も良くなろうってもんだぜ。
――おや? どうした。顔が真っ青だ。瞳も潤んでいる。
ブラウンの、瞳が。
※※※
「どうした、震えているが」
目の前の大男が首を傾げた。
僕はその問いに肯定も否定もできない。ただ、ガタガタとこの身を震わせているだけだ。
突きつけられる、生命の危機に怯えない人間など皆無だろう。
「寒かったか。少し室温上げよう」
確かに寒気は感じている。
この身には何もみにつけていない。生まれたままの、つまり素っ裸でフローリングの床に転がされているのだから。
「あ……あの……」
「さすがに裸でいたら寒いかもしれねぇ」
僕に背を向けて、空調機のリモコン操作する男に向かって声をあげた。
――こいつは誰なのか、ここはどこなのか、何の目的で僕を拉致監禁しているのか。
「悪いがな。服を着せてやることはできない」
男が振り返って笑った。
違う、そうじゃない。と口答えする気にもならない。
満面の笑みだ。まるで待ちに待った誕生日プレゼントを受け取った子どものような、キラキラとした目。
そしてその瞳は、薄暗い室内でもよく分かるほど鮮やかな青だった。
そうしてみれば、顔立ちもどこか日本人離れしている。外国人、というよりハーフかもしれない。
モスグリーンの作業服を着て、僕の前に立っている男はゆっくりと言葉をついだ。
「その方が、綺麗な身体がよく見える。まったく不思議なもんだな。お前は俺の好みとは、対極に位置するのに」
「ひっ……!?」
大きな手が伸びてくる。
手首と足首をそれぞれまとめて縛られた僕には、逃げも隠れも抵抗もできない。
以外に長く細い指が、僕の縮こまった脇腹を撫でる。
「やれやれ今度は泣き出したか。可愛い反応してくれるじゃねぇか。大丈夫、殺したりしねぇよ」
「ほ、ほん……と、に?」
『殺されない』
この言葉が僕の希望となった。
窮屈な体制で、身体が痛くなるのも我慢して首を上げる。
まるで餌を強請る亀みたいだな、と男が笑った。
「亀甲羅をかち割って、一度中身を暴いたことがあるんだぜ」
その言葉に再び恐怖を感じ、口を噤む。
――本当に彼は僕を殺さないのだろうか。
「殺しはしねぇよ。言っただろ。悲鳴を上げてくれでもすれば、俺は満足すると」
そう言ってうっそり微笑む男の手には、一体何が握られているのか。
それを見たくなくて、知りたくなくて。
僕は瞳を閉じた。
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