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「音OKです」 「出演者入ります」 「了解」 巨大な雲の端が青空にとろけている。 ディレクターの高橋は首に巻いたタオルで汗を拭いながら、続々と届く準備完了の報せを受けていた。 皆マスクをして芝生の上を行き来しているが、汗でマスクが薄ら透けている者もいた。 今日の天候はテレビ映えには最適でも、出演者やスタッフにとっては過酷な環境だ。 「ジョンさん、あと5分で中継来ます」 「いよいよか」 高橋がジョンのもとへ駆け寄り、定位置につくよう求めた。 ジョン・槙尾(まきお)は念入りにセットした髪の生え際にじんわりと汗を感じながら、スーツの襟を正した。 「ジョンさん。よりによってこんな暑さで…外で演奏なんて大変ですが、よろしくお願いします」 「いえ、演奏できるだけでもありがたいでしよ」 ジョンは口角を上げると指揮台に上がり、等間隔に距離をとった十数名の楽団員達を見回した。 ヴァイオリンにチェロ、オーボエ、ホルン、ティンパニ…久しぶりに参集された仲間達は、その表情に緊張と喜びをたたえ、額の汗をハンカチで拭いながらも気力に満ち満ちている。 現在蔓延している疫病のために、思うような活動ができずに苦境を強いられている人々は多く、 楽団もまた例外ではなかった。 この演奏で、聴く人の気持ちが少しでも和らぐような時間を作るのだ。 ジョンが心の中で意気込んだ。 その時であった。 バシバシバシバシバシ…と大勢の人間が拍手するような音が聞こえた。 「???」
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