十話

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十話

  この日、俺は一日中安静にしなければならなかった。   お見舞いと称して夕凪がやってきた。だが風邪が移ってはいけないから母さんが代わりに応対してくれる。   夕凪は気を使って生姜湯とプリンを持ってきてくれたと母さんが後で教えてくれた。はとこの怜とつぐみが何故か来た。これには母さんも驚いていた。二人はコンビニでスポーツドリンクとウィダーインゼリーを買ってきたようだ。皆、気が効くわねえと母さんは感心していたが。   ……男友達はどうだったかというと。高校の同級生で同じクラスだった事もある源川(みなかわ)と諸田(もろた)が来てくれた。こいつらは暇潰しになるようにと漫画雑誌を三冊とバナナ一房を持ってきていた。源川と諸田らしいなと思う。母さんがスポーツドリンクとウィダーインゼリー、プリンは冷蔵庫で冷やしてくれたらしい。そんなこんなで風邪は少しずつ快方に向かっていったのだった。   熱が酷い時は三十八度五分まで上がった。病院に行った日の真夜中だ。母さんだけでは大変だろうと父さんも交代で俺の様子を見に来てくれる。 「……雄介。夕凪ちゃんが持ってきてくれた生姜湯だ。飲めそうか?」   父さんが真夜中だというのに気を使って生姜湯をお盆に乗せて持ってきてくれた。俺はノロノロとベッドから起き上がる。 「……ありがとう。飲むよ」 「ああ。飲めなさそうだったら言ってくれよ。無理する必要はないからな」   頷いて父さんから生姜湯を受け取った。熱いのでふうふうと息を吹きかけて冷ました。そうしながら飲んだ。じんわりと温かいのが体に染み渡る。ピリッとした辛味と黒砂糖らしきほんのりとした甘みが胃に溜まった。 「ふう。夕凪も怜やつぐみちゃんも。女の子は気が効くよな」 「本当だな。雄介はモテモテだな」   父さんが冗談を言う。場の雰囲気を明るくしようと思って言ったらしい。俺はにっと笑った。 「……父さん。一応、怜とつぐみちゃんは遠縁の親戚だからな」 「わかっているよ。ちょっと言ってみただけだ」   そう言いつつも父さんは笑っている。面白がっていると分かった。俺は生姜湯をこくりと飲む。うん。夕凪が持ってきてくれたこれはうまいと思うぞ。その後、父さんと軽口を叩き合いながら生姜湯を全部飲んでしまったのだった。   母さんお手製のお粥を食べてクリニックでもらった薬も飲んだ。トロトロと眠りに再びついた。いつしか、夢を見ていた。 『……弓月様。あなたを信じていたのに。どうしてわたしを裏切ったのですか?』   そう言ったのは夕凪にどことなく似た女性だ。誰だろうと思う。 『すまない。だが、俺は五十鈴の事が忘れらなかった』 『そんな。ひどいわ。わたしも弓月様の事を好きだったのに。なのに。どうして?!』 『……木綿乃。お前とは婚姻はするし。子もなすが。五十鈴も二人目の妻として迎える』   そう冷たく言い放つ男は声も顔も俺--光村 雄介にそっくりだ。この男がご先祖の弓月様か? 『弓月様。わたしはあなたの妻にはなります。けど五十鈴様をあなたの妻として認める事はないでしょう』 『……木綿乃?』   訝しげに弓月様が言う。木綿乃と呼ばれた女性は涙をはらはらと流した。表情はとても悲しげだった。五十鈴ってそもそも誰だよ。俺は内心でそう思った。だが弓月様も木綿乃も何も言わなくなった。するとぐいっといきなり何かに引っ張られるような感覚がある。目の前も真っ暗になり何も見えなくなったのだった。 「……雄介さん。雄介さん!!」   女性の高い声で目が覚めた。瞼を開けてみるといたのは人型になった月華ちゃんだ。綺麗な翡翠の瞳が視界いっぱいに入る。 「あれ。月華ちゃん?」 「あれじゃないですよ。でも目が覚めて良かったです」 「……俺。夢を見てたのか」 「……そのようですね。ちょっと様子を見に来たら。うなされていたので心配で起こしてしまいました。すみません」 「いや。謝る事はないよ。おかげでこれ以上は嫌な思いはしなさそうだから」   月華ちゃんは不思議そうな表情をする。俺は簡単に先ほどの夢について説明をした。月華ちゃんはちょっと考え込むような仕草をした。 「……そうなんですか。もしかするとそれは過去夢ではないかと思います」 「過去夢ねえ。俺が視たのは実際に過去にあった事だったのか」 「だと思います。弓月様は兄様や母様の話によると雄介さんに顔や声がそっくりだったそうですよ。ちなみに性格も」   そう言われて俺は驚く。弓月様が俺にそっくりだって。いや、確かに先ほどの夢で見た彼は顔も声もよく似ていたな。 「……それと。木綿乃様ですが。この方は弓月様の奥様で真夏様の妹さんですね。雄介さんのご先祖にも当たるお方ですよ」 「……ふうん。そうだったのか」 「それと。夕凪さんは木綿乃様の記憶を持っているとご本人が言っていました。もし気になるんだったら夕凪さんにも夢の事を話してみたらどうでしょう」 「わかった。そうしてみるよ」 「ええ。是非、そうしてください」   月華ちゃんの言葉に頷いた。俺は熱が下がったら夕凪に今回の夢の事を話そうと決める。その後、薬を飲んで寝たのだった。
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