四話

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四話

  近所の五和神社に着くと人型で嵐月が待ち構えていた。   無言で俺を睨みつけている。どうしたのだろうか。俺が近づくと嵐月はいきなり懐刀を胸元から取り出した。奴はいつもの和服ではなく白い古墳時代風の格好をしている。髪も美豆良といったか。古代風に結っていた。それに嵐月からは何となくだが嫌な感じがする。 「……嵐月?」 「………」   名前を呼びかけるも返答がない。これはさすがにおかしいと気づいた。そうしたら銀の鱗と翡翠の瞳の美しい大きな龍がこちらにやってくる。月華ちゃんだ。彼女は兄であるはずの嵐月を鋭く睨む。俺をその大きな体で後ろに庇った。 『……雄介さん。気をつけて。この方は兄様じゃないです』 「ふうむ。やっぱりそうだったか。どうしたらいい?」 『今日は私がサポートをします。まだ人型にはなりにくいんですけど。この姿で戦うよりはいいでしょう』   月華ちゃんはそう言うと眩い翡翠色と銀色の光を放って見る間に姿を変えた。眩しくて腕で目を庇った。気が付いた時には美しい銀の髪と翡翠色の瞳のすらりとした美少女が立っている。瞳はすっきりとした切れ長で鼻筋も通っていた。顔の輪郭もほっそりとした感じで嵐月によく似ていた。月華ちゃんらしき少女は手に細身の剣を両手に構えている。 「……雄介さん。刀を持っていますよね?」 「……ああ。持っている。月華ちゃんだよな?」 「はい。月華ですよ。では私が囮になりますから。その間に刀を出しておいてください!」   俺は頷いて慌てて刀をカバーから出す。その間に月華ちゃんは人間離れしたスピードで偽嵐月に立ち向かう。ギインッと刃がかち合う音が辺りに響いた。が、偽嵐月は強かった。月華ちゃんは何とか応戦する。   懐刀よりも両手剣の方が有利なはずだが。やはり男女の体格差が問題のようだ。俺は急いでカバーとバッグを近くのベンチに置くと鞘を引き抜く。すらっと銀色の刀身が現れる。走って月華ちゃんの近くに行った。 「……ごめん。月華ちゃん。大丈夫か?!」 「……くっ。雄介さん。遅いです!!」   さすがに息を切らしながら月華ちゃんは答える。俺は偽嵐月へと間合いを一気に詰めた。懐刀と俺の刀の刀身もギインッとかち合い、高らかに辺りに響いた。偽嵐月の目を近くで見て驚く。いつもは綺麗な琥珀なのに禍々しい緋色に変わってしまっている。月華ちゃんも驚いたのか凝視していた。 「な。兄様。呪詛をかけられたのですか?!」 「呪詛だって。道理でおかしいと思ったんだ。解くにしても手こずるな」 「……ええ。仕方ない。怜さんを呼びましょう」 「ああ。仕方ない。今は嵐月を弱らせるぞ。月華ちゃんは怜を呼びに行ってきてくれ!!」 「わかりました。くれぐれも気をつけて。雄介さん!」   月華ちゃんはそう言うと素早く龍に変化してすごいスピードでこの場を飛び去る。俺はさてと刀を持ち直した。嵐月は無言でまた斬りかかる。俺は後ろに飛びすさって避けようとした。が、避けきれずに左の上腕部から鮮血が飛び散った。ピリリとした痛さに顔をしかめる。仕方ないと俺は本気で嵐月に飛びかかった。刀を真横に薙いだ。スパッと奴の右腕の袖の部分が破れた。浅くはあるが斜めに切り傷ができる。嵐月はそれを物ともせずに懐刀を逆手に持ち直してこちらに駆け寄ってきた。俺との間合いを一気に詰める。 「……くっ。嵐月。お前。俺の事を忘れてしまったんだな?」   嵐月はそれを聞いた途端に動きを止めた。俺は仕方ないと思い、懐刀を持った右腕に蹴りを入れた。嵐月は痛そうに顔を歪める。カランッと懐刀が地面の上に落ちた。すかさず、鳩尾に刀の柄を叩き込んだ。嵐月の体がぐらっと傾く。どさりと倒れ込んでしまう。俺は奴が動かないのをチェックしてから刀を鞘に収めた。   不意に一陣の風が巻き起こり俺は再び目を腕で庇った。そうしたらたたっと人の走る音がする。目を開けたら一人の見知らぬ少女がいた。彼女の顔を見て驚いた。 「……怜?!」 「……ああ。間に合ったようね。遅くなってごめんなさい」   怜と呼んだはずの少女は俺の方を見向きもせずに嵐月にまっすぐ向かう。そうして履いていたズボンのポケットから一枚の札を取り出した。それを嵐月にぺたりと貼り付けた。 「……畏み畏み申し上げる。かの者の穢れを祓い給え、清め給え。アステラス神に今請い願う!!」   少女が言った途端、お札はピカッと光り出す。その光はすうと嵐月に吸い込まれていく。モヤモヤとした物が奴の体から出てきた。少女はそれを手で掴むと凄い速さで十字を切った。 「……臨、兵、……」   長い呪文を唱えるとモヤモヤとした黒いものは少しずつ溶けるように消えていく。しばらくすると完全にそれは消滅した。俺は驚きのあまり声が出ない。少女はゆっくりと立ち上がる。こちらを振り向いた。 「……あ。いきなり乱入してごめんなさい。あなたが弓月様なの?」 「え。俺は弓月さんじゃない。人違いじゃないかな」   すかさず答えると少女は俯いた。ポタリとその目からは涙がこぼれた。俺はあわあわとして途方に暮れたのだった--。
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