六話

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六話

  翌朝、俺は五和神社に昨日と同じように向かった。   ここに嵐月の親父さんの優月様と俺のご先祖である弓月様が祀られている。ちなみに昨夜にスマホで夕凪にもメールを送っておいた。「明日、五和神社にて会おう」と書いておいたのだが。返信はすぐに来て「了解です」とあった。時刻は午前八時。ジイワジイワと油セミの大合唱が響く。俺は額に汗を浮かべつつも石段を登る。こんな暑い中で女の子を待たせるわけにもいかない。本来の待ち合わせの時間は午前九時だ。側にはミニ龍の姿の嵐月と月華ちゃん、月澪様もいた。嵐月は空中に浮いて、月華ちゃんが俺の肩に月澪様も俺が片手で抱えている。もう片方の手には愛用のバッグと刀があった。   『雄介さん。うちのバカ息子が昨日はごめんなさいね。わたくしが怒っておきましたから』 「……いいですよ。謝らなくて。気づかなかった俺にも非があります」 『それでもわたくしは許せませんわ。嵐月に呪詛を仕掛けた輩が。我ら龍族を何だと思うておるのか』   ぷりぷりと月澪様は怒る。ミニ龍の姿なので怒っているのも可愛くはあった。けど月澪様って実年齢が数千歳というからすっげえお婆……ゲフンゲフン。けっこうお年を召されているんだった。やべえ。お婆……とか言ったらぶん殴られる。俺は冷や汗をかきながら月華ちゃんを見た。 『……雄介さん。言わなくともわかりますよ。かなり失礼な事を考えていたでしょう。年齢の事は母様には禁句です』 『なんの話かや。月華』 『いえ。何でもありません』   月華ちゃんと月澪様は苦笑する。嵐月はやれやれとため息をつく。そんな中で俺は黙々と石段を登り続けたのだった。   大粒の汗をかいて石段を登り切った。ぜいぜいと息をあげる。暑くて仕方ないので木陰で休む。さあと涼しい風が吹いた。月澪様が俺の首に巻きついた。途端に首元がひんやりとする。 『雄介さん。わたくしのひんやり感はどうじゃ。一応、アイスノン代わりにはなっておろう』 「はい。なっていますよ。ありがとうございます」   月澪様と話をしていた。そしたら嫌な気配がする。すうと風が吹いて汗をかいていたはずの俺の体を冷やしていく。目の前に黒いシャツとズボンの若い男が現れた。こいつは悪霊だ。直感でわかる。 『……まったく。ゆっくりと休もうと思っておったのに。きやつ、何者じゃ!』   月澪様はそう言うとかっと眩い光を放った。俺は目を反射で閉じた。開けると月華ちゃんをもっと大人っぽくした感じの美しい銀の髪と琥珀の瞳の超美女が現れる。切れ長の瞳はキリッと吊り上げられていて悪霊を睨みつけていた。月華ちゃんと嵐月も人型になっている。 「……ふう。夫が祀られている社で悪霊が出るとはの。世も末じゃ」   月澪様は腰に佩いていた長剣を鞘から抜いた。銀色の刀身が髪と相まって神秘的な輝きを放っている。月華ちゃんと嵐月も懐刀と双剣を出して構えた。 『……うう。怜。あいつはどこへ行った』 「怜だって。俺のはとこをどうしてあいつが知っているんだ」 『お前。怜を知っているのか?』   悪霊はがばっと顔を上げるとこちらを見た。その目は濁っていて焦点が合っていない。俺はぞわりとした。 「……清め給え祓い給え!」   凛とした声がこの場に響く。颯爽と石段を登りながら夕凪が姿を見せた。すると悪霊は嫌そうな表情をしながらも夕凪を凝視する。 『あいつは。お前は怜か?!』 「……生憎、私は怜さんじゃないの。ごめんなさいね」 『ちぃっ。何だ。怜じゃないのかよ』   舌打ちをした悪霊は夕凪に襲いかかった。手から氷の弾丸を放った。夕凪は火の紋様が描かれたお札をバッグから出すと祝詞を唱える。 「今、火の神カグツチノミコトに願い賜う。清め給え祓い給え!」   ぼおっと火の玉が無数に現れて氷の弾丸とぶつかり合う。それはごおっと凄い音を立てて霧を発生させた。周りが見えなくなる。悪霊はそれを利用して再び攻撃を仕掛けてきた。俺は夕凪を背に庇って鞘から刀を抜いた。真横に刀身を構えたらギインッと高い音が鳴って軋んだ。 『おのれ。俺を騙したな?!』 「そんなわけねえだろ。もしや。お前、怜に付き纏っていたストーカーか?」 『……ふん。お前には関係ない』   図星だったらしい。まあ、怜はああ見えて可愛い部類に入るからな。けどあいつには彼氏がいた。確か名前を斎藤 裕也君とか言ったか。怜が嬉しそうに紹介をしていたのを思い出した。 「……言っとくが。怜はもう彼氏がいるぞ。こう言うのも何だが。放っといてやれ」 『何だと。あいつに恋人だって。そんなの嘘だ!!』   悲しげに悪霊の叫びが響く。 『俺はまだ告白もしていないのに。怜め。あいつ、裏切りやがった』 「あのさ。お前が言っている怜は。俺の知っている水之江 怜の事か?」 『……水之江。いや違う。俺の知っているあいつの名前じゃない』 「……じゃあ、人違いだな。他人のそら似って奴だろ」 『な。目の前にいるのは確かにあいつなのに』   俺はちょっと気の毒に思う。怜も大変だな。そう呟きつつも悪霊に近づく。 「……すまないが。退治はさせてもらうぞ」   俺は一気に間合いを詰める。刀を振り上げて奴の背中に下ろした。ざしゅっと鈍い音がして突き刺さった。刀を一気に抜くとぽっかりと穴が空いたようになる。そこからすうっと悪霊は消えていった。少し経つと空気に溶けていった。月澪様と月華ちゃん、夕凪、嵐月も痛ましげにそれを見守っていたのだった。  
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